人体に影響はない、はウソ。マイクロプラスチックの影響がわかり始めている
昨今、テレビのニュースでもよく話題になっている海洋プラスチックの問題。海へ流れ出たプラスチックごみは、すでに生態系に多大な悪影響を与えています。海洋プラスチックの問題についてGyoppy!チームが学んでいる中で、ある2冊の本に出会いました。
読んでみると、プラスチックごみの恐ろしい現実が見えてきました。たとえば、ウミガメが捨てられた網に絡まって動けなくなってしまったり......。
アホウドリの胃袋の中にはプラスチックごみがたまり、エサを食べられなくなって餓死してしまったり......。
本には、莫大な量のプラスチックごみが海に流れ込み続け、2050年には海の魚よりもプラスチックの総重量のほうが重くなると試算されていることや、プラスチックは小さくバラバラになっても、有害物質を吸着しながら海を漂い続け、それを海鳥や魚が食べることで身の中に蓄積されていくことについて書かれていました。
そして、その有害物質を含んだ魚を食べることで、人間の身体にも悪影響がありそうだとわかってきていることも。
私たちの視界から消えたプラスチック製品は、形や場所を変えて残り続け、日々の生活に、そして何より人体に、影響を及ぼしているのです。お腹の中の赤ちゃんの育ちのジャマをしたり、精子が減ったり、乳がんになりやすくなる可能性も示唆されています。
これらの本の監修は、東京農工大学の高田秀重さん。
なぜ今、プラスチックごみを減らさなくてはならないのか? レジ袋が有料になるのか? 日本だけではなく海外の実情、未来のために私たちができることについて、高田さんにお話を聞きました。
ポイ捨てだけが原因ではない
── 高田さん、本日はよろしくお願いします。素朴な疑問から始めさせてください。そもそもなぜプラスチックごみは、大量に海に流出しているのでしょうか?
日本ではプラスチックごみは分別回収・リサイクルされていると思っている方が多いと思います。たとえばペットボトルはもっとも回収率が高く、2016年度のデータですと88.9%です。
── それだけ回収率が高いなら、問題はないのかなと思ってしまいますが......。
しかし、未回収のペットボトルが10%以上あることになります。日本では年間約227億本ペットボトルを消費しているので、約20億本以上が未回収なのです。原因の多くはポイ捨てだと考えられていますが、それ以外にもリサイクルBOXからあふれたものが風で飛ばされたり、動物にいたずらされて路面に散乱し、雨で水路に流されて海に入ります。
海の近くに住んでいない人は関係ないと思われるかもしれませんが、どこに住んでいてもプラスチックごみが水路に入れば、最終的には海に行ってしまうんです。
── 確かに、ほとんどの人がそういう光景を見たことがあると思います。
さらに、問題はレジ袋とペットボトルだけではありません。洗顔料などにポリエチレンやポリプロピレンなどの、マイクロビーズと呼ばれる小さなプラスチックが入った製品があり、それがマイクロプラスチックになります。
また、ポリエステルやアクリルなどの化学繊維の衣服を洗濯すると、繊維状のマイクロプラスチックが出ます。食器洗い用スポンジやメラミンスポンジもプラスチックでできているので、マイクロプラスチックを発生させないためには、セルロース製や木綿などの自然素材の食器洗い製品を使ってもらえるとよいと思います。
マイクロプラスチックも、下水処理場で99%取り除くことができます。ただ、雨が降って下水があふれたりすると、回収されずに海に流れ出てしまうんです。
海外へ送った日本のプラごみが返ってくる
── 洗顔料から衣服まで、身のまわりのあらゆるものからマイクロプラスチックが発生しているんですね......。
プラスチックごみは、リサイクルするのに非常に手間がかかるという問題点もあります。洗浄したり、プラスチック素材の種類別に仕分けするための人件費が日本では高いため、大量のプラスチックごみが日本から中国や東南アジア諸国へ輸出されてきました(*1)。
しかし、輸出先の国で処理が追い付かず、プラスチックごみが川や海にあふれ出して環境汚染の要因となったり、それが海流に乗って日本近海に流れ着くことが起こっています。この状況を受け、2019年5月にバーゼル条約が改正され、他国へのプラスチックごみ輸出規制が強化されました。
*1 2013年にはリサイクル処理とされる約233万トンのうち約168万トンを海外へ輸出「環境省:マテリアルフローによる天然資源消費量と環境負荷の削減に向けて」(2016年5月)
── 日本はこれからどうやって大量のプラスチックごみを処理していくのでしょうか?
国内の焼却処理が増えてしまうと思います。日本では、これまでプラスチックごみの約6割を燃料として焼却してきました(*2)。ですが、ただ焼却すればそれでよいというわけではありません。なぜなら、プラスチックごみを燃やすとCO2(温室効果ガス)が出るからです。
日本では、プラスチックごみを焼却して火力発電や燃料に再利用する「サーマルリサイクル」をリサイクルに含めてきましたが、この方法はこれから通用しなくなっていくと思います。
パリ協定で「2050年以降のCO2(温室効果ガス)を実質ゼロにする」と謳われているので、サーマルリサイクルは国際的に認められなくなっていきます。実際にヨーロッパでは、サーマルリサイクルは「熱回収」と呼ばれ、本来のリサイクルとは区別されているんです。
そのため、ヨーロッパではプラスチック製品の使用を削減する方向に切り替えています。日本の産業界も、その方向に転換していかなければなりません。レジ袋有料化は、日本がプラスチックごみを削減していくための第一歩目の施策なんです。
*2 2016年で57%(プラスチック循環利用協会より)
人体に有害なプラスチックの添加剤
── 高田さん監修の『プラスチックモンスターをやっつけよう!』では、プラスチック製品が胃袋に詰まったり、体に巻きついている動物の衝撃的な写真が掲載されていました。マイクロプラスチックが増えると、動物や人間にどんな影響があるのでしょうか?
野生動物がプラスチックごみを食べてしまうことで、その健康に影響が出始めています。オーストラリアに生息する海鳥がプラスチックを多く食べており、その血液を研究者が調べたところ、血中のカルシウム濃度が下がっていることがわかりました。
カルシウムが不足すると、卵の殻が薄くなります。すると、外敵に襲われて孵化する数が減り、種の絶滅につながります。またコレステロール値が上がっていることもわかっています。我々は海鳥を、炭鉱のカナリアのような警鐘として受け止めなければならないと思います。
── 動物に影響があるということは、人間の体にも悪影響があるのでしょうか?
少量のマイクロプラスチックが人の口に入ったとしても、そのまま排泄されます。しかし、プラスチック製品には、柔らかくしたりするためなどで添加剤が加えられており、その中には"環境ホルモン"と呼ばれる人体に有害な物質が含まれていることが多々あります。
たとえばフタル酸エステルという添加剤は、人の性的な成長スピードを早くしたり遅くしたりする作用があります。これは、子どものおもちゃに使うことは規制されていますが、ラップやクレジットカードなど、日用品に使われています。
こういったものが海に流れ、細かくなったものを魚が食べて、添加剤がその身に吸収されて、それを食べた人類の体に影響を与える懸念があります。この問題について、今年4月に日本学術会議から環境省などに提言を公表しています(*3)。
*3 提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」
── 身近なプラスチック製品に、そんな添加物が加えられているとは知りませんでした。
添加剤だけでなく、マイクロプラスチックは海に漂っているPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの有害物質を吸着してしまいます。それもまた魚や貝に蓄積します。
こういうお話をすると、魚や貝を食べないほうがいいのではないかと思われるかもしれないですが、そんなことはありません。私自身シーフードが大好きで、普段からよく食べていますから(笑)。私が言いたいのは「安心して魚や貝を食べられるようにするために、プラスチックの汚染を減らそう」ということなんです。
プラスチックは、実はコストが高い
── 日本人の包装容器プラスチックごみの発生量は、ひとり当たり年間35kgと世界2位です(*4)。なぜこんなにも多いのでしょうか?
プラスチック製品は安く大量に作れるという経済的な理由だと思います。でも実は、廃棄処分する費用まで含めて考えると安いとはいえません。分別回収やリサイクルの費用、焼却炉を作る費用は自治体が負担しています。
プラスチックを燃やしたときに出るダイオキシンの発生を防ぐ最新式の焼却炉はとても高価な上に、耐用年数が30年ほどです。そのメンテナンス費用や建て替え費用など、プラスチックごみの処理費用を私たちは税金で払っていることになります。
*4 2014年のデータ UNEP国際環境計画「SINGLE USE PLASTICS:A Roadmap for Sustinability 2018」より
── これまでレジ袋が無料だったり、プラスチック製品が安いと思っていましたが、処理費用を含めると消費者が負担するコストは実は高いんですね。
ヨーロッパでは拡大生産者責任(EPR)といって、メーカーが処分費用まで負担することになっているため、プラスチック包装の商品の値段が高いんです。日本の消費者もその構造に気付いていただきたいです。
安いからといってプラスチック包装を大量に使わないようにするために、拡大生産者責任をメーカーが持つような法律に改正していかなければならないと思います。
新型コロナウイルスで、使い捨てプラスチックは増える?
── プラスチックごみを減らすためにレジ袋有料化がスタートする一方で、新型コロナウイルスの感染対策で、使い捨てマスクや手袋、テイクアウトのプラスチック容器が多く使われています。このままプラスチック製品の使用量は増えてしまうのでしょうか?
今の状況は一時的なものだと思いますし、日常にしてはいけないと思います。現在、感染症対策と経済活動をどう両立していくかが検討されています。そこにさらにSDGs(持続可能な開発目標)という軸を加えて、新たな社会構造を作り上げていく「グリーン・リカバリー」の考え方が大切だと思います。元の経済活動に戻すのではなく、環境に配慮した経済の仕組みを作る機会にしなければなりません。
── グリーン・リカバリーとは、どういった仕組みのことなのでしょうか?
京都府亀岡市では、行政の取り組みとして、テイクアウトを利用するお客さんが容器やエコバッグを持参するとクーポンが進呈されるキャンペーンが行なわれています(*5)。これは、使い捨てプラスチック削減を目指したグリーン・リカバリーの事例のひとつです。
感染症対策も、「使い捨てのプラスチック製マスクや手袋を使わないためにはどうすればよいか」とみんなで知恵を絞れば、いくらでもアイデアが出てくるのではないでしょうか。
*5 亀岡市/取り組み紹介 環境への取り組み紹介25~エコにテイクアウトを楽しんで~
地産地消で、プラスチック包装の使用を減らそう
── プラスチックの使用を減らしていくためには、社会はどのように変わっていくのがよいでしょうか?
なるべくプラスチック製品全体の使用量を減らして、必要なものはセルロースなどを原料にしたバイオマスプラスチックにして大切に使うこと。そしてリサイクルすることによって、大量にプラスチックを作らなくても社会が回る仕組みが必要です。
これを循環経済(サーキュラーエコノミー)というのですが、ヨーロッパはすでに転換を始めていて、この仕組みを国際的にルール化しようとしています。またパリ協定を遵守すれば、将来、プラスチック製品を作るために石油資源を採掘することはできなくなると考えられています。今のままでは日本は国際的なビジネスができなくなるかもしれません。日本の産業界はそれを見据えて、今から変わらなければならないと思います。
── そのためには、何から変えていけばいいのでしょうか?
プラスチック包装が大量に使われている用途のひとつが、長距離での生鮮食料品の輸送です。ですから、地産地消で今よりも少し狭い範囲の輸送で済む"分散型の社会"を作っていけば、プラスチック包装はおのずと減っていくと考えています。グローバル化の逆で、分散型のコンパクトな循環型社会で、それがグリーン・リカバリーだと思います。
── 一般の消費者としては、どんなことが大切でしょうか。
まずは過剰に使っているプラスチック製品を減らすことです。エコバッグを使ったり、ペットボトルを買わなくて済むようにマイボトルを持つなど、自分のできる範囲で努力することが必要です。
── そのためにも、マイクロプラスチックの問題に関心を持つ人が増えることが大切ですね。
子どもの頃から、こういった問題を学んで理解を深めてもらうことも重要だと思います。そうした思いから私は『プラスチックモンスター』という本をつくりました。大人になると、どうしても経済優先になりがちですから。
これからは、プラスチックの問題をどう解決するかを考えなければ社会が回らない時代になります。短期的な利益だけでなく、長期的な視点で社会をデザインしていくことが大切なんです。
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文都田ミツコ
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