「満潮時なら東京は沈んでいた」日本人が学ぶべき台風のメカニズム
地球の7割は海――。
でも、あなたは海のことを、どれだけ知っていますか? 新型コロナウイルスの影響で海水浴にも行けなかったし、海から遠ざかっている人も多いのでは......。
今年も夏は連日、屋外での活動を控えるよう呼びかける「危険」のマークも出る記録的な猛暑。7月には、豪雨による大きな被害。毎年どこかで起こるので、人ごとではありません。
100年に一度レベルであると報道された2020年9月の台風10号は、大潮の満潮時が近い時期だったことから、それにより発生する高潮被害にも警戒感が高まりました――。
「北極の氷が溶けている」と言われても、それが自分たちの生活にどれほどの悪影響があるのかは想像が付かないけれど、自分の身に降りかかるこの異常気象には敏感な人も多いはず。
異常気象は、空の都合じゃなくて、海水温の変化が関係している?
そんな噂を聞きつけて、Gyoppy!チームは、異常気象のエキスパートである三重大学大学院生物資源学研究科の立花義裕教授にお話を聞きにいきました。
「終戦の原因のひとつには、異常気象があった!?」
「江戸幕府の滅亡も、冷夏がきっかけ?!」
そこでわかったのは、驚くほど根深い人類の歴史と異常気象の関係性だったのです――。
気候変動、異常気象の原因は何?
── 立花さん、本日はよろしくお願いします。まず近年増加している、台風の大型化やゲリラ豪雨、雷雨などの原因は、ズバリなんなのでしょうか?
異常気象の原因はひとつではなく、複数のものが重なりあっています。そのひとつは、言わずもがな地球の温暖化。なかでも、海の温暖化が大事だと僕は考えています。
海が温かくなると水蒸気が海からたくさん出ます。ちょうど、熱いお風呂から湯気がいっぱい出るのと同じです。特に日本付近の海は、世界的に一、二を争うほど温暖化が激しいんですよ。
── そうなんですね......。
海が温暖化して水蒸気が大気中にいっぱい出てきて、それが上空で雲になり、温かい水蒸気を持った雲が、日本の山間部で上昇気流に乗り、雨が降る。
海が温暖化すればするほど水蒸気の量が増えます。特に海面水温が28度を超えたとたん、危険度がグーンと上がるんですよ。
水温が上がると海水が蒸発しやすくなるんですが、その蒸発のしやすさは正比例しません。水温が10度から11度に上がるのと、27度から28度に上がるのとは全然違う。28度は、急激に蒸発が増える気温の分岐点なんです。
今までだと、28度を超えるのは真夏の8月くらいでした。ところが温暖化によって、28度を超えるような季節が昔より1ヶ月くらい早まり、7月になっています。その頃、気象条件的には、梅雨前線が日本付近にいるのはみなさんもよく知っていますよね。
昔も今も、7月頃に梅雨前線が日本付近にいるのは変わっていない。けれど、水蒸気を多く含んだ雲があるため、梅雨前線の強度が増しているんです。
海と気候変動はどう関係している?
── 最近、漁師さんと話をすると、"黒潮の大蛇行"の話題が頻繁に出てきます。数年前と昨年の比較でも、明らかにすごく蛇行してきている。これも豪雨の要因のひとつでしょうか?
黒潮は、熱帯から流れてきているので、さらに温かい。通常、黒潮はフィリピンから台湾、沖縄、屋久島あたりで東に曲がり、紀伊半島にぶつかってまっすぐ東に向かいます。
けれど、今は激しく蛇行しています。蛇行するということは、日本を離れて温かい潮が南に一旦下がって、また上がってくる。その上がってくる場所が重要なんです。
黒潮が離れていく場所に雨雲があっても、日本にはそれほど多くは降りませんが、黒潮が近づいてくる付近にたまたま強い雨の降る場所があったら、相乗作用でさらにたくさんの雨を降らせます。
昨年(2019年)、長野で新幹線の車両センターが浸水した台風19号では、豪雨のタイミングで、伊豆半島あたりに蛇行してきた黒潮がぶつかっていました。台風の経路と黒潮の蛇行の場所がかち合っていたんです。
── なるほど......。台風のお話も聞きたいなと思っていたんです。台風が大型化しているのも、海水温や黒潮と関わりがありますか。
「温暖化で台風が巨大化するのか、それとも変わらないのか」は、実はまだ未解明なんです。海面水温が上がると熱エネルギーも生まれ、台風に吸収されますから、台風も強くなる傾向にあるのは間違いありません。けれど、地球が温暖化すると海面水温が上がるんですが、同時に上空の気温も上がります。
海水も上空も温暖化すると何が起こるかというと、温かい空気が上空にあり、温かくない空気が海面近くにあるので、台風で温められた空気が上昇しようと思っても上の温かい空気に押されてしまう。だから、地球が温暖化すると台風が強くならないという考え方もあるんです。
強くならないケースの理由はもう一つ考えられます。温暖化してもしなくても大小問わず台風がいっぱいできます。台風の強い風によって海水を混ぜるので、海面水温は下がります。だから、1つ目の台風は強くても、2つ目以降の台風は弱まるんです。
── 1つ目の台風のおかげで、海が攪拌されて海水温が下がり、異常気象を抑える助けになっているかも......ということでしょうか?
異常気象というか、台風が強くなるのを抑えるとは考えられます。ただし、トータルでどうなるかというのは、研究者の間でもはっきりしていないんです。
台風は雨も怖いですが、気圧が低く水を吸い上げるので高潮も怖い。黒潮が大蛇行して日本沿岸の水域が温かくなり、その場所に台風が来ると、水位がもっと上がるんです。
なぜなら、ただでさえ水温が高いと水は膨張しますが、黒潮自体の水温が高いため、もともとの水位が高い。その水位が高いところに台風が来ると、被害も大きくなるんです。
── 沿岸地域の水害が、今後も拡大していく可能性はあり得るということですね。
あります。昨年の台風19号は、1日2回ある満潮・干潮の干潮時に東京湾にきたので被害が少なかった。あれが満潮の時にきていたら、東京は終わっていたかもしれない。
── えっ、そんなに違うんですか......。
あの時は大潮の日だったんです。大潮ということは、満潮と干潮の差が一番大きく、水位が低い時間だった。1ヶ月で一番潮が低い時に台風がきたので、東京では被害が甚大にならずに済みました。あれが6時間ずれて、一番水位の高くなる大潮の満潮のタイミングだったら、破局的な被害となっていた可能性があり危険でした。
台風が上陸する直前に、千葉県で震度4の地震があったんです。仮にそれが震度5だったら、みんな家から逃げるじゃないですか。でも、台風の最中にどこに逃げるんですか? 台風と地震は連動していないけど、日本は地震国なので、いつ同時に起こってもおかしくない。
── 台風が来た時間が6時間ずれていて、そこに震度5の地震が起きてみんなが外に出ていたら......かなりの人が流されていたわけですね。怖いです。
僕は、恐怖心を煽って海を守りましょうと言うのは好きじゃない。どうして黒潮は蛇行するのか、水温はどうやって変わるのか......その仕組みを説明しながら、子どもたちには海の魅力を語ったほうがいいと思っています。
本当は恐怖を煽るよりも、海や自然現象はおもしろいということを伝えたいんです。仕組みをより深く理解できると、おもしろさもわかってくるんです。
ヒントは海に隠れてる
── 最近の異常気象は様々な複合的な要因はあるけれど、海との関わりが深いということですね。ここ数年、研究が進んできたのでしょうか?
異常気象って、あくまで「気象現象」じゃないですか。気象の専門家の多くの人は「空を見れば原因がわかるんじゃないか」「なぜ雨が降るのか」「なぜ猛暑なのか」を明らかにするために、上空のデータを調べていたんです。
ふつう、気象のことを調べているのだから、「ヒントは上(空)にある」と思いますよね。けれど、海に要因があることを気象学者じゃなくて、海洋学者が気づいた。気象学者にとっての盲点を、海洋学者がついたんです。
── 歴史的な発見においても、他ジャンル同士が共同で実験を行ったことで、重要な発見やイノベーションを起こす場合がありますよね。
今は、気象と海洋を両方見られるような柔らかい発想と、自分の専門の殻に閉じこもらない幅広い視野を持った人が求められています。地球全部を知るには、大気も海洋も識る必要があります。
── 水産資源も、海の環境や気象との関係がありますか?
温暖化すると水温が上がるので、海の表面温度が上がりますが、深いところは低いままになります。すると、海水が混ざりにくくなるんです。
海洋生物にとっては混ざったほうがいい。海が攪拌されると酸素も栄養塩も豊富になるので、魚がいっぱい集まるんです。
── 生態系も、海と気候に関係しているわけですね。
そりゃ、もともと生物は海で発生したんだから、海が大切に決まってますよ!
歴史と異常気象の深い関係
── 先生のゼミのHPの中で「気候は人類の歴史を変える、これは間違いない」と書いてあって、すごく強い言葉だなと思いました。過去の歴史を気候から紐解いていった中で、印象的だったことはありますか?
第二次世界大戦の終戦の理由は、広島、長崎の原子爆弾だと思っているでしょう? 終戦の要因のひとつには、異常気象があったと思っています。終戦した昭和20年(1945年)は観測史上最悪の冷夏で、米がほとんど採れなかった。日本の、特に東北地方の米は壊滅的で、秋まで保たない状態だった。それが、終戦を決断させた要因の一つだと考える説もあります。
── 気候によって人類の歴史がつくられてきたわけですね......。
江戸幕府の滅亡もそうですよ。江戸時代の後半は冷夏で米の不作が多かったんです。国民は満足に食えなくなったので、幕府のいうことを聞いていてもダメだとなったことも一因。
冷夏の起こる理由が海、親潮なんです。親潮は冷たくて、黒潮は温かいんですけど、その温かい水と冷たい水がつながる場所が日本近海なんです。世界的に見てもほかにありません。
── 三陸の海が世界三大漁場と言われてているのは、親潮と黒潮がぶつかる場所だからですよね。
まさに石巻、塩釜に行くと美味しい寿司が食べられるのは、そういうことです。北風は親潮の影響を受けた風が吹くので冷たく、南風は黒潮の影響を受けた風が吹くので温かい。
北風が吹くか、南風が吹くかで気象がまったく変わるのは、温かい黒潮と冷たい親潮が隣同士にある場所に日本があるから。海が影響し、異常気象が起きやすい場所に日本がある。宿命なんです。
未来の気候と海
── 未来の気候変動に対して、人間はどのように対策するべきでしょうか?
人間が気候を変えないようにすべきです。まず、温室効果ガス(二酸化炭素など)を可能な限り増やさないようにすること。
── やはり大切なのは、二酸化炭素量なんですね。私たちのような一般消費者はどのような心構えを持ったらよいでしょうか?
自然に興味を持ち、地球を愛する心をみんなが持つことができればよいですね。海を愛し、地球を愛する心ができて、はじめて守ろうとするんだと思います。まさにSDGsの14番、「海の豊かさを守ろう」です。それにはまず、愛すべき海の魅力を知ってもらうことです。
実は、コロナによる影響で、温室効果ガスの排出量が激減しているんです。これは産業活動が減ったからなのですが、これまで温室効果ガスは経済活動と関係するので、減らすことなど到底できないと思う人が多かった。けれど今年の3月以降、人類は温室効果ガスを減らすことができたんです。
地球を守るために、すべての経済活動を止めなくてもいい。コロナ禍でも、同じことはできたわけですから。あとは、人々が我慢せずに回していくことができたらいいですよね。
コロナが終息した時に、温室効果ガスを増やさないような、グリーンリカバリー(気候変動を抑えて、自然と生態系を守りながら人間社会をつくっていこうという考え方)で、いい地球にしていきませんか?
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取材長谷川琢也
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