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大阪の海は「きれいすぎ」て魚が獲れない? 極端ではない「ええかげん」の大切さ

Gyoppy! 編集部

大阪湾に浮かぶ漁船

関西空港、夜景輝くベイエリア......。大都市のイメージが強いが、もともと大阪府は漁業が盛んな土地だ。今でも阪南市などの沿岸のエリアには漁師町が残っている。

かつて大阪湾は「魚庭」と書いて「なにわ」と呼ばれるほど海産物に富んだ海だった。しかし、高度経済成長期、無秩序に工業廃水や生活排水などが海にそのまま流されたことによって、深刻な海洋汚染が問題となる。この頃の大阪湾は「死の海」とまで呼ばれてしまった。

時は流れ、環境保全が当たり前にうたわれるなかで、大阪湾の環境も大きく改善。そして2020年、なんと今度は「海がきれいすぎて魚が獲れない」のだという。それってどういう状況......?

「今の大阪湾には『ええかげんさ』が足りないんです」

そう話してくれたのは、大阪府立大の教授、大塚耕司さんだ。

死の海からきれいすぎる海へと変化を遂げた大阪湾に「ええかげん」が必要というのは、どういうことなのだろうか。豊かな大阪湾を取り戻すための取り組み「なにわの海再生プロジェクト」を主導する大塚さんのいう「ええかげん」さについて、詳しく話を聞いた。

大塚耕司(おおつか・こうじ)さん

大塚耕司(おおつか・こうじ)

大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科 教授。陸から過剰な栄養物質が流入している大阪湾奥の閉鎖性海域を対象として研究。海藻など季節的に大発生する生物(海産バイオマス)を取り上げ、メタンガスや堆肥などの原料として利用し、海域環境を改善すると同時に、化石燃料消費の少ない都市を築く研究を行う。

大阪湾の南はきれいすぎ・北はきたなすぎ

── いま、大阪湾では「海がきれいすぎて魚が獲れない」と聞いたのですが、本当でしょうか?

半分本当です。一般的には、きれいな海の方が魚が獲れると思われるかもしれませんが、きれいすぎる海は、食物連鎖の下支えとなる植物プランクトンの餌となるリンや窒素などの栄養が足りていない。プランクトンのいない海では魚が育たないため、結果的に魚が獲れなくなってしまうんです。

高度経済成長期、大阪湾は「死の海」とまで呼ばれるほどに海洋汚染が深刻でした。汚染を解消するため、各企業に排出規制を設け、人のし尿が海に流れ出さないよう上下水道の整備をした。海はきれいになりましたが、その結果、場所によっては海中の栄養が減りすぎて、魚が獲れなくなってしまったんです。

── 大阪湾っていまそんなにきれいなんですね。ただ、大都会である大阪市近郊の海は、正直そんなにきれいな印象はないのですが......。

おっしゃる通りです。いまお話した低栄養による大阪湾の魚の減少は、大阪湾南部に見られる問題です。大阪府南部(岸和田市、泉佐野市、阪南市など)はいまでも漁業が盛んですからね。

大阪湾はいま、南部と北部で海の栄養に大きな差が生じてしまっているんです。その要因のひとつに、大規模な人工島の建設があります。湾奥から栄養が流れてくるので、昔から栄養塩の偏在はありました。人工島の建設によってそれがさらに強められたのです。

大阪湾の夏季における全窒素分布
大阪湾の夏季におけるリンや窒素の分布図。赤いほど濃度が高く、青いほど濃度が低い。南北で海のなかの栄養に偏在があることがわかる。

大阪湾の広域な地図を見てみるとわかりやすいんですが、兵庫県神戸市のポートアイランド・神戸空港から大阪府の関西空港まで、大阪湾の外周を無数の埋立地が取り巻いています。

大阪湾

── 本当だ! 関西空港までは海岸線がガタガタになってる。

この埋立地の凹凸のおかげで、海の栄養が途中途中で阻まれて大阪府南部にまで行き届かない。それによって、大阪湾全体で魚が獲れないようになっているんです。関西空港を境目に南部の海では低栄養状態になって、漁獲高の減少が顕著です。

阪南市では海苔の養殖もやっていますが、低栄養の海で育つと海苔の色がダンボールみたいになるんですよ。

低栄養の海で育った海苔。海苔らしい黒々とした色ではなくなっている。

── だったら栄養の少ない南部の海ではなく、北部の海で養殖をやってはいけないんでしょうか? 海苔だって真っ黒に育つのでは......。

それができないんですよ。関空をつくる際、泉佐野より北の海岸線では、漁業補償を得る代わりに海面の漁業権を放棄したんです。他府県の方が「大阪」と聞いて想像する北部の海はまだまだ栄養が豊富なので、海苔もよく育つと思いますが、それをおこなう場所がないのです。

── なるほど......。海面の養殖は無理でも、海の中の状態はどうなのでしょう?栄養が多いなら、海にとってよいことに感じられますが......。

半分はその通りです。大阪湾の北部は栄養が多い、つまり餌が豊富なので、イワシやアジなど、浮き魚と呼ばれるプランクトンを食べる魚の宝庫となっています。ところが、あまりに栄養が多過ぎると、赤潮が出たり、アオサなどの海藻が異常発生したりして、その死骸が海底に堆積することによって海の底の酸素がなくなって、逆に漁業に悪影響を与えます。

大阪湾に対するマイナスイメージで獲れた魚も売れない

大塚さん

大阪湾の抱える問題はまだあって、先ほどお話した海の栄養差が大阪湾に対するマイナスイメージへとつながっていることです。

── 私は大阪市の近隣都市で生まれ育ったんですが、たしかに大阪湾ってヘドロ臭いという思い出が......。

過栄養状態の海では、たまに青潮という現象も起きて、悪臭を放つ化学物質を発生させることもありますからね。とはいえ昔に比べて北部の海も大幅に改善されています。

しかし、北側の人ほど「大阪の海って汚いやん」って思いがちなんですよ。これは「死の海」と呼ばれるほどに汚染されてしまった昔の大阪湾のイメージがいまだに色濃く残っているから。

大阪の人の多くは大阪湾に親しみを持たないんです。大阪府の北側に住んでいる人がどれだけ大阪の海に触れる機会があるかというと、なかなかないですよね。海岸は埋め立てられてしまっているし、そもそも漁業だけで生活している人が少ないんです。大阪市にも漁協がありますが、専業の人は非常にまれ。釣り客を乗せる遊漁船で生計を立てている人が結構いますね。

── 海に親しみがないというのはわかります。夏も、大阪湾ではなくて海水浴場のイメージが強い和歌山県にまで行く人が多いんじゃないかな。

だから、大阪市など府北側の人たちに、大阪湾で獲れた魚は売れません。大阪湾の魚を積極的に食べるのは、大阪の南部、さっき言った岸和田市、泉佐野市、阪南市あたりですね。地元の人は地魚がおいしいってことがよくわかっているので。

── なるほど......。ちなみに、大阪湾ではどんな魚が獲れるんでしょうか?

漁獲量がダントツに多いのがイワシ類です。その稚魚のシラスも多いですね。でも大阪では「大阪産」といって大々的に売られることはなかなかありません。

実は、大阪湾で獲れるイワシは「金太郎イワシ」というブランドがついていて、豊洲などでは高値で取引されています。先ほどお話ししたように、栄養の豊富な北部で餌をたっぷり食べているので脂が乗っていておいしいんですけどね......。でも、阿倍野の近鉄や梅田の阪神のデパ地下では、あまり見かけません。

── うーん、大阪の人口の多いエリアほど大阪のおいしい魚を知らないのか......。なんだかもったいないですね。

もともと大阪湾で獲れる魚は、イワシやシラスを除けば、少量多品種で現代の流通に乗りにくいのもありますけどね。

大塚さん

さらに、漁師たちの「獲るだけ」で終わってしまっている古い漁業体系が続いてしまっていることも、大阪湾の魚が売れない要因のひとつです。いま、漁業だけで食っていけている漁師さんは、どんどん減ってきています。

儲からない仕事だという認識も強く、海や漁業からいっそう人が離れていってしまう。こうしたさまざまな要因が重なり合って、今日における課題があるんです。

大きなサイクルをつくって目指す「なにわの海再生プロジェクト」

── 複雑で難しい問題ですね。その中で、先生はどんな取り組みをされているのでしょうか。

「なにわの海再生プロジェクト」という産学官連携の取り組みを今年の3月まで行っていました。持続可能な次世代型の漁業や、大阪湾がもたらす食文化の継承、環境改善などを総合的にプロデュースするものです。

大阪府立大学と、太平洋セメント株式会社、NPO法人大阪湾沿岸域環境創造研究センターが阪南市と共同で取り組みました。

「なにわの海再生プロジェクト」が目指した取り組みの図。

── 具体的にどういったことをされたんでしょうか。

漁場環境の改善として、魚のアラから魚のエサを作る過程で出てくる残渣を利用した栄養剤を使って、漁場に寄ってくる魚を増やす実験を行いました。また、地魚の付加価値を上げ、適正価格で人々へ流通させる仕組みとして、阪南市の仲卸業者に協力してもらってインターネットで直接地魚を注文できる「サイバーマルシェ」という通販サイトをテスト運用したり。

漁船

もともと研究や調査で関係があった阪南市では、流通のシステムをつくるだけではなく、漁協との関係づくりにも取り組みました。一昔前の世代はどうしても「獲ったもん勝ち」になるというか、漁協同士の横のつながりが希薄です。じゃんじゃん魚が獲れた時代ならいいですけど。

── 今ではいがみ合っていたら共倒れになりますよね。

大阪湾の魚の認知度が上がって、漁業が盛んなエリア以外の人々も大阪湾の魚を食べれば、漁師の仕事も増えて収入も上がる。漁師の職そのもののイメージだって上がります。

そのためには、ひとつの海を守るためにそれぞれが手を組む必要がある。僕の研究室では、堺・岸和田・阪南市の漁港、各所の水質の違いや、抱えている悩みを明らかにしていくフィールドワークなども行いました。

大塚さん
研究室にも案内していただいた。研究室では、日頃から貧栄養に陥った南部の海の栄養バランスを改善するための研究が行われている

── 研究室ではどういった研究をしているんでしょう。

これはメタン発酵装置ですね。アオサなどの海産バイオマスをメタン発酵で処理し、出てきたガスを燃料として、また残渣を肥料として再利用するための装置です。

── アオサを発酵させるんですか?

アオサ

大阪の北部でしばしば大量発生するアオサを、メタン菌がいっぱいいる汚泥の中へ入れてあっためて発酵させます。発酵の過程でメタンガスが発生し、残渣には窒素やリンなど海の栄養になり得る成分だけが残る。

── それを南部の海に撒くんですね。

どうしてもスポット的な栄養剤になるので、海全体にまで影響を及ぼすようなものではないんですが、この添加によって海苔の色が改善されるという研究結果もでています。

また、北部の栄養を南部に回すという意味で、漁師さんが中心になって底引き網のカギ爪のような道具で、海底をかき混ぜて耕すという取り組みもなされています。

── もともとテーマとしている海の栄養バランスに関する研究に加えて、産学連携の取り組みにも携わっているんですよね。かなり範囲の広い取り組みに対して、大塚さん自ら加わっていく理由はなんでしょう?

もともと、自分の研究分野である環境改善技術の開発という目線でしかやってこなかったんですが、それだけやってても現実の世の中を変えることにはならないなと。

大阪湾の水質が改善されて魚が増えても、大阪の人たちが大阪の魚をいやがっていたり、売れ先がなかったりしたら、漁をしても意味がないじゃないですか。モノの流れ、人の流れ、お金の流れ、全体をつなげてやっていかんとあかんのちゃうかなと。

大阪湾が抱える問題は先ほどお話したように、複雑でさまざまな要因がある。ひとつのことだけを改善しても、全体のボトムアップにならないんです。

先述した「なにわの海再生プロジェクト」自体は3年半の期間が決まっていて、2020年の3月で終了しました。プロジェクトは終わりましたが、しっかりと信頼をつくることはできたし、少量多品種でも、ポジティブなイメージがなくても、啓発活動とブランディングをしっかりすればきちんと消費者に届けることができるんだ、という実感も得ることができた。

ある意味、3年半の年月は試験でした。これからは従来の研究に加え、この取り組みをいっそう本格化して「ほんまもん」にしていかなければいけないと思っています。

なんでも「ええかげん」でなければいけない

大塚さん

── もちろん先生の取り組みは素晴らしいんですが、マンパワーやテクノロジーを必要としますよね。自然はなにもしなくても海をいいバランスに調整してくれるので、あたらめて自然の調整力ってすごいですね。

そうですよね。ぼくが常々言っているのは、「ええかげん」なのがいいと

── ええかげん?

高度経済成長期に極端に海が汚れたから、厳しい総量規制で海に流れ込む汚濁物質を極端に制御した。また大規模な埋め立てによって、栄養のアンバランスがいっそう助長された。その結果、大きな労力をかけてもとに戻さなければいけなくなった。やっぱりね、なんでも極端すぎるのはよくないんですよ。

ええかげんっていうのは、ネガティブな意味ではなくて、ひとつの方向に極端な振り方をせず、あいだを取るというかね。経済発展と自然がもたらす恵みとのバランスなども考えながらやっていくのがええんちゃうか。そう思うんですよね。

── たしかに。極端な埋め立てで海流に影響が出てしまっていますが、「だったら神戸空港や関西空港なんか建てなければよかった」という話ではないですもんね。

それに伴う経済的恩恵もありますからね。要はバランスだと思うんです。いま、僕の研究室の周りには南米や東アジアの都市開発著しいエリアから学びに来る留学生もたくさんいます。いまベトナム有数のリゾート地として開発が進むハロン湾なんかは危惧するところですね。

リゾート開発が著しい反面、下水処理場の整備は遅々として進まない。目先の利益にとらわれてあんなことしてたら、世界中の美しい海は大阪湾の二の舞になってしまいますよ。

濁った大阪湾北部の海水。

── 大阪湾、ひいては日本・世界の海に対して、私たちはなにを意識すればいいでしょうか。もちろん、たくさんあるのは重々承知しているのですが......。

「なにわの海再生プロジェクト」には背景があって、それは食糧危機と水資源の危機なんです。2025年の大阪万博の頃には、世界の人口は80億人を超えると言われています。

水が足りるところと足りないところが確実に出てくるので、できるだけ、食糧や水を分かち合いながら生きなければいけないんですよね。

参考:21世紀は水戦争!? 海なし県で地球の「水事情」を学ぶ

── 壮絶な世の中になりそうです......。

そこで注目されるのが、天然の魚です。天然の魚は、動物性タンパク質のなかでもっとも水資源を必要としない。育てるのに餌がいらないし、自分たちが住むそばの海から獲れる魚を食べれば、輸送に必要なエネルギーだって減る。

地元の海への愛着も湧いて、環境保全への意識だって高まる。魚食文化の復活は、未来の危機を回避できる可能性に満ちています

壮大なプロジェクトではありますが、人口爆発と食糧危機を解決するためのモデルを、大阪湾からつくっていきたいなと思いますね。

── すばらしい構想です。じゃあ、やっぱり、近場のものばかり食べるようにして、遠くの食べ物......たとえばノルウェーのアトランティックサーモンや、オーストラリアのオージービーフは食べないほうが良いのでしょうか?

食べてはいけない、なんてことではないですよ。たまには脂の乗った輸入サーモンや、海外産の食べ物も食べたくなるでしょう。

でも、食べるときに「この食べ物をつくったり運んだりするのにどんだけ資源やエネルギーが使われているのだろうか」はときどき意識したほうがよいと思いますね。そうすると、食べる回数や量を考えるじゃないですか。

── なるほど。自分の身近にある食べ物を意識することで、食生活だけではなく資源そのものにも考えがいくように思います。いつもは身近に獲れる魚を食べて、ちょっとした贅沢の日には遠くの魚も楽しむ、みたいな。

極端にするとどこかで揺り返しが来ますからね。やっぱり極論はよくない。なんにしても、そう、大切なのは「ええかげん」であることなんですよ。

大阪湾に浮かぶ漁船

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