「5%変われば、社会は変わる。人は微力だが無力ではない」社会変革のプロが語る
「環境問題」って、解決できる気がしない。
「なんとかしなくちゃいけない」とは思いつつも、何をすればいいのかさっぱりわからない。
私は、これまでずっとそんなふうに思っていました。
そこでまず、「環境問題」を他人ごとではなく自分ごととして捉えられるようになりたいと考え、前回は養老孟司さんにインタビューを実施。
「都市化した私たちは、どうしたら自分の中に感覚としての『自然』を取り戻せるのか」というテーマでお話をうかがい、情報や知識としてではなく、感覚として「自然」を取り入れることの大切さを学びました。
ではその「自然」を守るために、次に私たちは何をすべきなのでしょうか?
今日から具体的にできることって、たとえばどういうことでしょう?
そもそも、こんなに大きな問題に対して一個人ができることってあるのでしょうか......。
そんな問いを持って今回お話をうかがったのは、鈴木寛さんです。
元文部科学副大臣で、現在は東京大学と慶應義塾大学の教授であり、社会変革コミュニティ「社会創発塾」の塾長でもある、通称・すずかんさん。
今回は、政治家時代さまざまな社会課題に取り組まれ、大学では社会イノベーションを教えてきた「社会変革のプロ」すずかんさんに、環境問題について一個人が何ができるのかをうかがいました。
「すずかんさん、環境問題に対して、私にもできることはあるのでしょうか?」
鈴木寛(すずきかん)
1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省入省。山口県庁出向、慶應義塾大学助教授を経て、2001年参議院議員初当選。12年間の国会議員在任中に文部科学副大臣を2期、その後も文部科学大臣補佐官四期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化・情報を中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、OECD教育2030理事、日本サッカー協会理事、Sailors for Sea Japan顧問、日本レース・ラフティング協会会長などを務める。2012年一般社団法人社会創発塾設立。
「自然を好きになる」ところから始める
── 環境問題というと、とても難しい問題のように感じてしまいます。この大きな問題に対して、個人としてどう向き合い行動していけばいいのか......今回は鈴木さんに、そういったお話をうかがいたいと思っているのですが。
まずは、難しくないところから始めたらいいと思いますよ。たとえば最初は「自然を好きになる」ところから始めるとかね。
── 自然を好きになる?
そう。好きって気持ちがあると、おのずと「この素晴らしい海や山を守っていきたい」という気持ちになるじゃないですか。「自然ってすばらしいな」と思う感性をひとりでも多くの人が持つって、すごく大事だと思います。とくに、次の世代がね。
僕自身、海や山が大好きで、子どもたちが幼い頃からよく連れていっていたのですが、あるとき「夕日がきれいだなぁ」って言ってくれて「よかった!」と思ったんです。そう思ってほしくて連れまわしていたんだから。そういう自然を愛する気持ちって、育めると思うんですよね。
── 確かに、そもそもの「自然っていいな」という気持ちがないと、それを守ろうだなんて思えないですものね。
そう。ただ最近の子どもたちの間では、自然体験に関しても経済格差が起こっています。キャンプやスキーをするのって、単純にお金がかかりますからね。しょっちゅうそういう経験ができる家庭の子と、そうでない家庭の子との差はとても大きい。ここは、なんとかしたいなと思っているところです。
── それは実感としてよくわかります。もっと上の世代だったら、近所にたくさん自然があって、わざわざ遠くへ行かなくてもよかったかもしれないけれど、今の若い世代は生まれたときから都市に住んでいる人も多いでしょうし、自然に触れる機会がそもそもない。結果的に自然は今、贅沢なものになってきていますよね。
まさにそうですね。都会に住む人は、自然の多い土地までわざわざ桜や紅葉を見にいくわけですから。意図的にいる場所を選ばないと、都会では木登りすらできません。
ですから、いかにいろんな人がつながって、子どもたちに自然体験を増やしてあげられるかだと思います。たとえば、自然の中で遊ぶ趣味を持っている大人が、子どもたちにも経験させてあげる仕組みを作るとか。一人ひとりができる範囲で、子どもたちに自然と触れ合う楽しさを伝えられたらいいなと思いますね。
「より安く良いものを」という価値観が生まれた理由
あと個人が日常的にできることと言えば、買うものや食べるものを意識することですね。僕はお寿司が大好きなんだけど、たとえば太平洋クロマグロは絶滅危惧種に指定されています。このままでは本当にいつかマグロが食べられなくなって、孫の世代においしい鉄火丼を食べさせてあげられなくなる。だからまた増えるまでのしばしの間、これらは我慢した方がいい。それもまた、「できること」のひとつですよね。
── マグロやうなぎの代わりに違うものを選ぶ、というように。
そう、食べるものの選び方を少し変えてみる。エシカルコンサンプション......「倫理的な消費」と呼びますが、これこそ行動変容です。
具体的には、スーパーで海洋資源保護の認証マーク(MSC/ASC認証)がついた魚を選ぶといいですね。欧米では認証された魚しか流通されなくなっているのですが、日本の場合はまだ両方混ざっているので、そういうものを自ら選ぶのも大事です。
── なぜ日本では、認証されていない魚も流通しているのでしょうか。認証された魚だけが流通されるようになれば、それ以外の魚が獲られることはなくなるのでは......。
日本はヨーロッパと比べると魚食文化が多様です。魚の種類が豊富なことで実現しづらいという部分がまずあります。
また以前、流通の方から「認証マークをつけても、それを考慮してお客さんが買ってくれないんです」という話を聞きました。つまり、売れないから増えない。消費と流通は連動しているから、この過渡期がいちばん難しいんですよね。
でも、売れれば流通も増えるわけです。だからここでちょっと頑張るのが大事。週に一度でいいから、認証マークのついた魚を選んでみる。自分のためだけじゃなく、地球や次世代のためになるものを選んでみる。ここの消費行動が少しでも変われば、流通も増えていくし、生産者の行動も変わっていくと思います。
── 過渡期だからこそ、一人ひとりの消費の積み重ねが大事なんですね。
そうです。とは言え、経済的に余裕のない方が安い商品を求めるのは仕方ないですよね。でも日本では不思議なことに、経済的に豊かな方も「より安く良いものを」という費用対効果だけで買い物をしてしまっている。その層が変わらないと、難しいですね。
── それが不思議なんですよね。なぜ「より安く良いものを」という価値観がここまで根付いているのでしょうか......。
この価値観ができたのは1990年代くらいからです。その頃から「価格破壊」というものが起こり始めます。
── えっ、そうなんですか?
当時、日米構造協議で、大規模小売店舗法の規制緩和があったんです。それまで日本は、個人商店を潰さないために大型スーパーの出店を規制していたんですね。個人商店の方が値段は高いですが、商店街があることで街が活性化するのをみんな知っていたから、「消費者がやや高いものを負担してもしかたないことだ」と考え、ずっと日本は守ってきていたわけです。
でも、アメリカがそれにストップをかけました。トイザらスが日本に入れなかったことをきっかけに、大規模小売店舗法をなくせと。その結果、郊外に大型スーパーが増えて商店街に人が来なくなったんです。
── なんと......そんな背景があったんですね。
スーパーは、もともとの存在のコンセプトが「安くて良いものを」です。費用対効果を最大にして、お客様に届ける。それを追う形で、GAP,NIKEなどの大規模店舗が参入してきて価格破壊が起こった。安い労働力を世界から見つけてきて、グローバルサプライチェーンを作れた企業だけが残り、それ以外の企業は消えていった。まさに規模の経済。その結果こういう社会になっているわけです。ある意味1990年代以降の消費者は良い思いをしているんですよね。
── 確かにそうですよね。安くて良いものを手に入れられているわけだから。
だけどなぜ安いのかというと、その裏側で新興国の子どもたちが働いているからだったりする。果たしてそれでいいのか。これもまたエシカルコンサンプションです。
── 消費者としての自分のことだけじゃなく、新興国の子どもたちや自分の孫の世代のことを考える、想像力が必要なんですね。
まさにそう、想像力です。日本には「三方よし」という伝統的な考え方がありますが、具体的には、カスタマーサティスファクション(消費者満足度)、エンプロイーサティスファクション(従業員満足度)、インベスターズサティスファクション(投資家満足度)と言われています。昔はそこに当事者として、「地域」や「地球」といった社会的資源を提供してくれる存在も入っていました。どれかだけを追いすぎると、どれかが損なわれる。なんでも行き過ぎはだめなんです。
だからその都度「これを買うのは、環境にいいことなのかな」と考えてみてほしい。そして、経済的に余裕のある方は消費行動を変えてみてほしい。環境問題って5%変わるだけですごく変わるものですから。
「正しいことをやりなさい」では人は動かない
── この間大学生と話していたら、「環境問題について学んでなんとかしたいと思っても、サステナブルな商品は高くて選べない」ということを聞きました。つまり頭ではわかっていても、現実的には消費行動に反映できない......そういった人は、どうしていけばいいでしょうか。
そこで諦めなくて良いんです。たとえば、自分で買えないのであればお母さんと一緒に買い物に行けばいい。そこで「このシールがついている魚を買うといいよ」と教えてあげるんです。要するに、自分以外の身近な人に行動を変えてもらえばいい。
── あ、なるほど。行動できる人に行動を変えてもらうと。
そうそう。それもすごく大きな行動です。たとえば、親世代に政府からSDGsのパンフレットを送ったとしてもなかなか読まないでしょう。でも子どもが帰省したときにスーパーでそんなことを教えてくれたら、親はすごくうれしいと思いますよ。
要するに、「正しいことをやりなさい」じゃ人は動かないんです。だって人間は「正しいからやる」んじゃなくて「うれしいからやる、楽しいからやる」ものだから。ここに「うれしさ」「楽しい」を入れてあげるっていうのが、行動変容のためのコミュニケーションのコツなんですね。
── そんなコミュニケーションをすることも、立派な行動のひとつなんですね。
人間は微力だけど無力じゃない。だから無駄じゃない。
── あの、ここですごく初歩的な質問をさせていただきたいのですが......一人ひとりの行動は、本当に意味のあるものなのでしょうか。というのも、「こんな大きな問題に対して、私ひとりがんばっても無駄なのでは」と、つい徒労感を覚えてしまいそうになってしまうときがあるんです。
僕はね、ゼミの学生にいつも言っている言葉があるんですよ。それは「人間は微力だけど無力じゃない」っていうこと。
── 微力だけど、無力じゃない。
そう。僕ら一人ひとりは微力です。総理大臣ですら微力です。でも無力な人はひとりもいない。だから、無駄ではないんですね。
世の中の変容って、指数関数的なんですよ。微力が積み重なってある閾値までいくと、ちょっと世の中が変わります。それが積み重なると、また変わる。最初はゆるやかでほとんど成果が出ないから、「何やってるんだろう」って思うときもあると思います。でも、あるところまで来ると、ぐっと伸びていく。そこまでどうがんばるか、どう信じるかなんですよね。
── はい、はい。
たとえば、自分がエシカルコンサンプションの考えを身につけて変わったとします。じゃあすぐ「日本を変えられるか」というとそうではなくて、次は「自分の友達や親を変えられるか」なんです。日本はすぐ変えられないけれど、友達が自分の影響でエシカルな買い物を始めたら、達成感があるじゃないですか。そこから始めたらいい。
── 確かに、友達や親に「自分はこういう買い物の仕方をしているよ」と話すことならできそうです。
そこからでいいんですよ。そしてその次はね、自分が行っているお店を変えてみるんです。たとえば居酒屋で予約するときに「お宅の魚はMSC認証されていますか?」と一言聞いてみる。するとお店の人は「なんだろう?」ってびっくりしますよね。そうしたらそこのお店の人は勉強して、MSC認証の魚を扱おうと考えるかもしれない。
── そこでひとつの行動変容が起こる。
そうです。急にイオンやイトーヨーカドーを変えるのは無理かもしれないけれど、大学生でも生協の品揃えなら変えられるかもしれません。実際に慶應義塾大学の生協では、昨年の丑の日にうなぎの蒲焼が販売されませんでした。タレだけ売りました(笑)。
ここで僕がもうひとつ大事にしているのが「濃度」なんですね。たとえば、京都市のこのエリア!っていうふうに、地域を決めて集中的に働きかける。「MSC認証の魚を取り扱っている居酒屋」が、日本全体にちらほらできてもダメなんです。ある地域に集中的に増やしたほうがいい。すると「なんかあのエリアの居酒屋の人、めちゃくちゃ海洋資源保護に詳しいな」って認識されて、そこからまた変化が広がっていく。
── 拡散するよりも集中したほうが、ムーブメントが起きやすくなるんですね。
濃度って、分母分の分子でしょう。でも我々は微力だから、影響を与えられる分母って限られているんですよ。それなら、分母を小さくすればいい。海に赤い雫を垂らしても色は変わらないけど、100ccの水だったら明らかにピンク色に変わるわけですから。
自分は微力だけど、どの分母に対してなら影響を与えられるのか。社会を変えていくっていうのは、こういうことなんです。
3人変われば、お店の風景が変わる
その分母の中で、まずは5%を目指します。このとき、押し付けなくてもいいんです。「私はこうしているよ」と伝えて、コミュニティの中の5%が変わってくれればいい。すると、他が「なんだなんだ」と注目してくる。3割くらいになると「うちもやらないと」ってなる。5割超えた瞬間に、放っておいても広まりますよ。
── 最初は、本当に少しずつからでいいんですね。
そう。自分自身の行動変容だって、5%からでいいんです。20日のうちの1日だけ変えてみる。まずは、0%から5%が大事なんです。それができたら10%、その次は20%、40%......そこからは楽です。指数関数的に倍になっていくので。
── まずは5%......それなら私にもできるかもしれません。
「三人、市虎(しこ)を成す」っていう言葉があります。三人が「虎が出た」って言うと、みんな信じるんですよ。たとえば3人のお客さんに「MSC認証の魚、仕入れてます?」って聞かれたら、1人目は「なんだこの人」と思うかもしれないけど、2人目で「ん?」ってなって、3人目で「調べてみよう」となる。
── あっ。私、昔本屋でアルバイトをしていたんですけど、そのとき店長に「3人からこの本ありますか、って聞かれたらすぐに発注して平積みしろ」って言われてましたね。
まさにそういうことです。戦略的に3人仕込んでおけば、そこで本屋さんの風景が変わるじゃないですか(笑)。小さく見える行動だけど、それによってぐっと変わるんです。これがソーシャルマーケティングの基本なんですよ。
── そう考えると、「社会を変えることってできるかも」って気持ちになってきますね。
できるんですよ。だから市民の行動が大事なんです。お客さんが変わればお店が変わる。今は大手スーパーの社長も、エシカルコンサンプションについて意識している方が多いので、それを加速できるかどうかは市民の問題。こっちが変われば、彼らも変わるから。
── まさに「微力だけど無力じゃない」ですね。大きな問題に向かう際に、希望を感じるお話でした。ありがとうございました。
誰かの「微力」が社会を変えてきた
「自分自身を変えるのも、身の周りを変えるのも、最初は5%から」
それが社会を変えるということ、と言っていたすずかんさん。
そのお話を聞いて、これまで「少ししか行動できていないのでは意味がない」と思い、せっかく出た微力を無力化しようとしていた自分に気がつきました。でも、微力も集まれば必ずいつか閾値を超える。その時まで、自分の手の届く範囲でコツコツ続けてみる。それが、この大きな「環境問題」に対する確実なスタンスなのでしょう。
実はこのインタビューの後、スーパーに買い物に行って、MSC認証の魚を探してみたのです。もしあったら買ってみようと思ったのですが、いくら探しても売り場にない。それで思い切って、「お客様の声」のアンケートに「MSC認証の魚は取り扱いがありませんか?」と投函してみました。
「自分は微力だけど、どの分母に対してなら影響を与えられるのか。社会を変えていくっていうのは、こういうことなんです」
いつかスーパーの方から返事はあるでしょうか。もしもうちの近所のスーパーでMSC認証の魚が取り扱われるようになったら、それは私の「微力」や誰かの「微力」の大きな成果かもしれません。
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