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誰でもつくれる''結晶''が、地球環境を救う?「信大クリスタル」が水問題に解を出す

    

サストモ編集部

手嶋勝弥教授

人間が生きる上で欠かせない「安心して飲める水」。
しかし、そんな「安心して飲める水」へアクセスする方法は、意外にも限られている。

NaTiOのカートリッジ

アフリカなどのいわゆる"途上国"では、まだ浄水技術が整備されていない地域もあり、ユニセフによれば6億6300万人が安全な水を手に入れられない環境にいる。また、先進国の都市でも水道管の劣化による健康被害が生まれたケースもある。近い将来、水資源を巡った「水戦争」が起こるとも言われている。

日本に住む我々も他人事ではない。例えば災害時。インフラが遮断されてしまうことも容易に想像できるだろう。もちろん、非常時以外にも、常に安全で美味しい水が手に入ることができるのであれば、それ以上のことはない。

そこでもし、資源やインフラから切り離された場所でも、人間が「安心して飲める水」にアクセスできる仕組みがあったらどうだろう?

今まさに、そんな「きれいな水」を、どこでも、誰でも得られる世界をつくる材料の研究が長野で進められている。その材料の名は、「信大クリスタル」。

信州大学の手嶋勝弥教授に、信大クリスタルとは、どのような可能性を秘めたどのような材料なのか? そして、どのような未来を見据えているのか、話を聞いた。

手嶋勝弥教授
信州大学先鋭材料研究所/工学部 物質化学科で学長特別補佐・研究所長を務める手嶋勝弥(てしま・かつや)教授。「フラックス法」という結晶育成技術を用いた結晶材料群「信大クリスタル」の研究・開発を行っている。

秘伝のレシピで生まれる結晶「信大クリスタル」

── いきなりですが、そもそも「信大クリスタル」って何ですか?

すごく簡単に言うと、結晶でつくられたさまざまな材料の総称です。

── ふむふむ......すみません。そもそも結晶が何なのかよくわかってないことに気がつきました。

宝石や鉱物をイメージしてもらうといいかもしれません。結晶は、原子や分子が規則正しく並んだもの。結晶化すると、その物質自体が持っている性能を、最大限引き出すことができるんです。例えば、強度が増したり、不要な物質を効率よく吸着できたり。

結晶の数々
研究室内の至るところに手嶋先生たちがつくる結晶が置かれている(写真提供:手嶋教授)

── ちなみに信大クリスタルの結晶と、ほかの結晶では何か違いはあるんでしょうか?

信大クリスタルの特徴のひとつは、製法がとてもシンプルなことです。

小学校のとき、理科の実験で塩やミョウバンの結晶をつくりましたよね。塩やミョウバンをたくさんお湯に溶かして、飽和水溶液をつくる。その後ゆっくり冷やしていくと、底の方に小さな結晶がたくさんできてくる......。まさにあの原理と同じ。正式には「フラックス法」と呼ばれている製法です。

フラックス法以外だと、物質自体を融点まで熱して溶かした上で、さらに冷やして結晶を取り出す方法があります。ただ、融点まで温度を上げるとなると、相当大きな設備がないと難しいんですよ。塩の融点ですら約800℃ですから。

いっぽうのフラックス法の場合、お湯に溶かせばいいので、100℃以下でOKなんです。

── そう考えると、たしかにフラックス法の方が簡単な気がしますね。

そうなんです。塩やミョウバンのように実際に溶かしたい物質のことを溶質、水のように溶質を溶かす液体のことを溶媒と言います。欲しい性質を持った結晶を生み出すための溶質と溶媒、熱源さえあれば、特別な技術や大きな設備は必要ありません。

ただし、そこには信大クリスタル秘伝の"レシピ"がポイントになっているんです。

手嶋勝弥教授

── 秘伝の"レシピ"......!?

はい。どんな溶媒と溶質を使って、どんな濃度で、どれくらいの温度で熱し、どのくらいの温度まで冷やすのか......といった細かいつくり方のことですね。まさに料理人のレシピと同じです。逆に言えば、その"レシピ"さえ見れば、小さな子どもでも結晶をつくることができます。

しかも、結晶のベースは、原子や分子。"レシピ"さえ開発できたら、理論的には周期表の端から端まで、さらに原子を複数組み合わせて、どんな物質の結晶もつくることができるんです。つまり、無限の種類の結晶を育成できる可能性を秘めています。

実際にこれまで、水処理材料やリチウムイオン電池、光触媒に骨や歯といった生体材料まで多種多様な材料にチャレンジしてきました。

── 秘伝の"レシピ"、恐るべしですね。

そう。製法がシンプルだからこそ、"レシピ"が私たちの何よりの財産。そのひとつひとつが門外不出なんです。

アフリカに安全な水環境を根付かせるために必要なこと

── 実際に今、信大クリスタルを使って注力していることを教えてください。

力を入れているのは、水の分野とエネルギー分野で力を発揮する結晶材料の開発です。そのふたつには、私が2005年に信州大学に赴任した当初から注目していて。なかでも信大クリスタルを用いた水処理については、タンザニアに赴いて浄水技術の導入試験を行ったり、「NaTiO」という浄水ボトルを商品化したりするなど進展しています。

商品化された携帯型浄水ボトル「NaTiO」
商品化された携帯型浄水ボトル「NaTiO」

── 水の分野って、昔からずっと語られている領域ですよね。以前Gyoppy!でも、21世紀は水資源を巡った「水戦争」が起こるかもしれない、という話(詳しくは、こちら)も紹介しました。手嶋先生は、地球における水の問題についてどのように考えていますか?

私が携わっているタンザニアの水の問題についてお話しましょう。実は浄水技術って、世界にたくさんあるんです。でも、実際はアフリカの水問題ってなかなか解決が進んでいません。

その理由のひとつとして私が考えているのは、既存の浄水技術の多くが巨大な設備とエネルギーを必要とするから。アフリカって、ライフラインがまだまだ整っていない場所が多くあって。電気が通っていない地域もあるし、通っていたとしても停電になることもしばしば。そんな環境で大規模な浄水設備を導入したところで上手く稼働しないのは目に見えていますよね。

現地には設備をメンテナンスできるエンジニアもいないから、仮に導入したとしても、ただの「巨大なゴミ」と化してしまう。

── 「巨大なゴミ」......。

いっぽうで、さまざまな国際支援団体の協力を得て、井戸を掘る取り組みも行われています。実は、ここでも問題が発生していて。地域によっては、掘れば掘るほど飲めない水が出てきてしまっているんです。

タンザニアでは、地下水のほとんどに高濃度のフッ素が含まれていて、深刻な健康被害が生まれています。じゃあ、現地で飲み水を確保するためにどうしているかというと、牛の骨を焼いて炭にしたものを使って浄水しているんです。でも、それだけでは、安全で美味しい水には、ほど遠い。

現地での活動風景
現地での活動風景(写真提供:手嶋教授)
信州大学内の広報誌
手嶋先生の取り組みは、信州大学内の広報誌にも取り上げられている

── そのような状況を、信大クリスタルで解決しようとしている......?

はい。アフリカのような場所で、常に安全な水にアクセスできる環境をつくるために大切なのは、現地の人が自分たちで取り組める技術を導入すること。また、そのために、できる限りシンプルな技術を開発することだと思っています。

現地の人にとって、設備を導入してもらったり、井戸を掘ってもらったりして、誰かに「やってもらう」アプローチだと、何かトラブルがあったときに対応できないし、根付かないんですよね。だからこそ、現地の人たちが自分たちの力できれいな水を得る術を持つことが、最もサスティナブルな方法なんです。

研究者

── だからこそ、フラックス法というシンプルな製法が効果的なんですね。

まさにその通り。アフリカは資源の宝庫だから必要な溶媒や溶質は豊富にあるし、熱源となる火も自分たちで起こせる。あとは"レシピ"を教え、牛の骨を焼いていたときに使っていた釜を使い、フラックス法を実践するだけ。現地の人でも十分に浄水機能を持った結晶材料をつくり出すことができます。

今つくっているのは、私たちが開発した結晶材料を使ったティーバッグ型の浄水器。井戸まで水を汲みに行ったら、この結晶材料を詰めたティーバッグをタンクに入れて持ち帰るだけ。

ティーバッグ型の浄水器

現地の人が水汲みに要している片道2時間程度、タンクの中でティーバッグが揺られることで、家に到着する頃にはきれいな水になっているんです。そうすれば、せっかく掘った井戸も無駄にはなりません。

脱プラから日本酒づくり、養殖まで。身近な影響も

── アフリカの人だけでなく、日本にいる僕たちにとっても何か恩恵にあずかれることってあるんでしょうか?

もちろん。NaTiOの浄水ボトルを使えば、自宅でも、アウトドアでも簡単においしい水を飲むことができます。試しに、水道水と浄水後の水を飲み比べてみてください。

── (ゴクリ).........ん! 浄水後は水道水特有のクセがなくなって、かなりスッキリしてますね。とても飲みやすいです!

そうでしょう。NaTiOのボトルを使えば、ペットボトルや宅配水に頼らずおいしい水を飲むことができるんです。

NaTiOの使用イメージ
ボトルに水を入れ、カートリッジをセットしてプレスするだけで、浄水が完了(撮影:Huuuu)

── 浄水の手順も簡単だし、待つ必要もないんですね。このボトルを持ち歩きさえすればいいのか。

そのほかにも、今はNaTiOの技術を使ったおいしい水道水を飲める「アクアスポット」と呼ばれる拠点を各地に設置する構想もあって。こうしたボトルや「アクアスポット」の文化が広がったら、ペットボトルの消費量が減って脱プラにもつながると考えています。

NaTiOのカートリッジ
研究室の水道にはNaTiOのカートリッジが内蔵されているので、いつもおいしい水が飲めるそう

── 信大クリスタルのポテンシャルがすごいですね。

しかも、信大クリスタルを使って浄水すれば「その土地ならではの水」を守ることもできるんです。

── 「その土地のならではの水」を守る......?

はい。基本的に人間が「おいしい」と感じられる水は、ミネラル成分がある程度含まれているものだと言われています。でも、現在の浄水技術の中にはミネラル成分まで全て取り除いてしまうものがあって。

そこで、生産者たちはおいしい水を得るためにやむを得ずミネラルを添加するケースがあるんですよね。そうなると、もはや「その土地ならではの水」とは言えなくなってしまう。

── 元の水から余計な成分を全て取り除き、添加物を加えてしまえば、どこの土地から取水しても結局は同じ水になってしまうと。

その通り。でも、信大クリスタルだったらミネラル成分を残しつつ、不必要な成分だけを取り除くことができる。つまり、「その土地ならではの水」を守ることができるんです。現在は、真に「その土地ならではの水」の個性を活かしてつくる日本酒プロジェクトも進めています。

── 信大クリスタル、万能すぎませんか......?

アフリカの飲み水、脱プラ、日本酒づくり......実は「水」に起因する問題ってたくさんあるんですよ。それらに信大クリスタルは解を出したいと考えています。ちなみに、養殖の領域へのチャレンジも始まりました。

約10万回。膨大な試行量が生み出す、秘伝の"レシピ"

── そもそも、どうして手嶋教授は、結晶材料に注目しようと思ったんですか?

それは、私が高校時代の頃の話に遡ります。当時、私は高校球児だったんですが、ある日、ボールが当たって歯が折れてしまったんです。その修復のときに使われたのが、結晶材料でした。そのときに、「結晶材料ってすごいな!」と思ったんですよね。

そして、そのまま大学に入学後も、ずっと結晶の研究を続けています。

手嶋勝弥教授

── となると、もし歯が折れてなかったら、信大クリスタルは生まれていなかった......?

ハハハ、確かにそうですね(笑)。

── でも、結晶をつくる技術って、フラックス法以外にもいろいろありますよね。手嶋先生は、どうしてフラックス法に注目するようになったんですか?

実は、信州大学に赴任当初、研究費の予算に限りがあって、大きな設備を導入することができなかったんです。でもフラックス法だったら、限られた予算の中でも研究ができます。あと、当時キーワードにしていた言葉があって。それが「オレオレからワレワレへ」です。

── オレオレからワレワレ......?

予算の制約上、どうしても自分たちだけでは研究は完結できません。だからこそ、コラボレーションしてくれる企業や研究室とともに"ワレワレ(自分)ごと"として取り組む必要がありました。そこで信大クリスタルの可能性を至るところでアピールして提携先を探したんです。

すると名乗りを上げてくれたのが、大手自動車メーカーと大手建機メーカーの2社。そこから共同開発を進めた結果、水処理の結晶材料やリチウムイオン電池の結晶材料などが誕生してきました。

ルビーのような宝石
フラックス法を使えば、ルビーのような宝石も人工的につくることが可能に

── ここで、ちょっと素朴な質問をしてもいいですか。話を聞いていると、フラックス法ってシンプルな原理で、誰でもつくることができて、さまざまな結晶材料を安価に生み出すことができるってことですよね。これだけポテンシャルのある領域なのに、それまであまり注目されてこなかったのには、どんな理由があるのでしょう。

フラックス法のポイントは、いかに"レシピ"を見つけることができるか、という点に集約されます。そして、この未知の"レシピ"を見つけることが非常に難しい。なにせそこには、教科書も理論もありません。とにかく経験と勘の世界なんです。

研究機材

どんな溶媒と、どんな溶質を、どのくらいの濃度で、どれくらい加熱して......といった細かい生成条件を突き止めるために、気の遠くなるような試行錯誤を繰り返さないと、最適な"レシピ"を見つけることはできません。

ちなみに私たちの研究室では、10万点近いデータを持っています。つまり、10万回近く試行を重ねたということ。この試行錯誤の量は、他の人たちには真似できません。

近いうちにこのビッグデータを機械学習・AIで解析して、さらにスピーディに"レシピ"を開発する研究がすでに始まっています。

循環型社会を実現する、「技術の生態系」をつくりたい

── 手嶋先生が、これから目指していることを教えてください。

今後、道路や水道管、建物・電柱などあらゆる都市のライフラインが老朽化してくると言われています。

実際にアメリカでも、古い水道管から鉛が溶け出して健康被害が発生したケースがありました。さらに地球温暖化も加速して、生態系が変われば、人間が住むことができる地域が限られてきてしまうでしょう。さらに水資源を巡る「水戦争」なんてことも現実になるかもしれません。

そんなときに、既存のインフラにつながれていなくても、生活できる仕組みがあったらひとつの活路になるんじゃないかと考えています。その構想のひとつが、資源やエネルギーをひとつの「家」という単位で循環し続けて、完結させるサーキュラーエコハウスです。

サーキュラーエコハウスの概念図
「サーキュラーエコハウス」とは、水やエネルギーを自然からまかない循環させることで、上下水道や電力会社につながれていなくても生活し続けられる仕組み

── それは、かなり夢がありますね......!

例えば、雨水を循環させて生活用水に使う。さらにそれを浄水して、もう一度生活用水にする。そうすれば、水を無限に循環させ続けることができるし、雨水として資源も得続けることができます。

しかも、水だけでなく、エネルギーも循環させたり、植物の培養もしたり、究極的にはハウスそのものも完全にリサイクルできる素材にできたらいいな、と。

手嶋勝弥教授

出したものは、完全に元通りに戻す。「家」という最も小さな社会単位の中で、そうやって完結・循環できるサスティナブルなモデルをつくることができたら、既存の環境問題に解を出すことができるようになると考えています。

── 壮大な展望ですね。でも、果たして結晶材料でそこまでできるものなのでしょうか?

結晶材料だけで実現する必要はありません。そこも、「オレオレからワレワレへ」です。日本や世界各地のさまざまな技術を持ち寄ればいい。「水」というキーワードに集まる「技術の生態系(エコシステム)」をつくることが私の今の目標です。

そして、このような「水」にまつわる発信を長野で取り組むことにも意味があると思っていて。長野は水がきれいな場所としての認知もあるし、きれいな水を必要とする精密機械の工場の集積地帯でもある。さらに山地に囲まれた上流圏なので海に届く下流の地域にも影響を与えます。つまり長野は、水にまつわるポテンシャルが高い土地。

長野の風景

「長野モデル」として、小さな単位で循環型社会を実現して発信できれば日本、そして世界に影響を与えることができるはず。近い将来、信州が「アクアバレー」と呼ばれる可能性もあると思っています。

地球環境の変化は、避けては通れません。もうエコだった原始時代に戻ることなんてできないし、エネルギーを使うことを前提とした上で、よりよい社会を構想してかたちにしていかなければならない。今、地球全体が、そんな難題に挑んでいるところです。

でも、信大クリスタルだったら、そんな難題にひとつの解を出す存在になれるかもしれない。私は、そう考えています。

  • 執筆

    小林拓水

    Twitter:@taisoooo0on

  • 撮影

    小林直博

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