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なぜ浜辺にガラスを? あるべき海の形を取り戻す取り組み

    

サストモ編集部

きらきらと光り輝く海辺のガラス

太陽の光に照らされて、きらきらと光り輝く海辺のガラス。

そんな色とりどりのガラスが一面に敷き詰められた、美しい砂浜が長崎県の大村湾にあるのをご存知でしょうか?

きらきらと光り輝く海辺のガラス

この「ガラスの砂浜」はSNS映えスポットとして拡散され、TVやメディアで取り上げられることも多い観光地のひとつです。

でもどうして、ガラスを浜辺に敷き詰めたのでしょうか? 人工物をこんなにたくさん砂浜に敷き詰めて大丈夫なのかも気になります。

そんな疑問に答えてくれたのは、ガラスの砂浜の事業に初期から携わってきた長崎県環境保健研究センターの粕谷さんと、長崎県 地域環境課で大村湾の事業を担当している前田さん。

大村湾の浅場環境学習イベント写真
大村湾の浅場環境学習イベントにて。中央の水色のポロシャツを着ているのが粕谷さん、一番左にいるのが前田さん

粕谷さんは「SNS映えで知られるガラスの砂浜は、湾内の自然環境を取り戻すための取り組みなんです」と語ります。実はこの砂浜は、大村湾の水質改善を助けてくれるアサリを育てるために、廃棄されたガラスを再利用してつくった環境に優しいものだったのです。

その裏には、大村湾を守っていくという長崎県の意思や、海が近くにある暮らしの価値をもっと伝えていきたいという粕谷さんたちの想いがありました。

この環境にも人にも優しい、美しい砂浜がどのようにして海を守るのか、そして行政の自然環境との向き合い方を聞いてきました。

はじまりは「メタボ」な海の改善だった

── とても綺麗なガラスの砂浜ですが、なぜこのようなプロジェクトを?

前田

現在はSNS映えスポットとして有名ですが、もともとは大村湾内に生物生息の場を提供することで環境改善が図られないか検証するための事業として始まったものです。砂浜に敷いてあるガラスも、長崎県の資源循環促進のための制度「長崎県リサイクル製品等認定制度」の認定品となっている廃ガラスを活用しています。

── SNS映えのためではなかったんですね! そもそも大村湾は、どういった海なのでしょうか。

粕谷

大村湾は長崎県の中心にある海で、我々にとってはすこし特別な存在です。たとえば有明海は長崎、佐賀、福岡と複数の県にまたがっていますが、大村湾は長崎県しか接していません。それは大村湾は私たちが守っていかなくてはいけない海であるということです。

地図

── 長崎県が守っていくべき大村湾。その水質が低下していたと。

粕谷

2000年頃の大村湾は、水質改善が必要な状態でした。湾内がメタボリックな状態になっていたのです。

── メタボな海......!?

粕谷

海の中に、栄養が溜まりすぎていたのです。健康な海では、海と陸との間で無駄なく栄養が循環しています。まず海に流れ込んできた生活排水などに含まれている栄養で植物プランクトンが増えるのです。そして植物プランクトンは二枚貝や魚介類の餌になり、さらに人がそれを漁獲することによって、海から栄養を取りあげています。

ですが、開発などで二枚貝の生息場が減少してしまうと、今まで二枚貝に食べられていた植物プランクトンが増えすぎて赤潮になります。さらに、増えすぎた植物プランクトンは、海底でバクテリアによって分解されるときに海中の酸素を消費し、海洋生物に必要な酸素を奪い、魚介類が減ってしまう悪循環に陥ります。

健康な海説明図

粕谷

本来、漁獲量が減れば我々が食べるものも減るので、流れ込む栄養量も減るはずですが、現代では人間は外から魚介類を輸入して食べることができます。そうすると、海から取り上げる栄養量と海に流れ込む栄養量のバランスがおかしくなってしまう。その結果、海の中に栄養が取り残され、大村湾のようなメタボリックな状態になってしまいます。

── 海がメタボリックな状態になってしまうのは、珍しいことなんでしょうか?

粕谷

同じようなことは昔の東京湾などでも起きていました。近年では、下水処理の性能が上がり流れ込む栄養が少なくなったことで解消されてきています。ですが大村湾は、他の海と違い閉鎖性が高く水が入れ替わりにくいため、栄養がたまりやすい環境だったのです。

粕谷さん写真

── 栄養が湾の外に出ていかないから、下水処理だけでは追いつかなかったんですね。

粕谷

そこで、長崎県環境保健研究センターではアサリなどの二枚貝を増やして漁獲することによって海から栄養を取り出し、湾内の環境改善の手助けをすることができるのではないかと考えました。

アサリは卵から生まれ、水の中を漂った後に着底するので、アサリが定着してくれる環境づくりの実験を2010年から開始しました。アサリの赤ちゃんが着底する海岸の条件は、1mm前後の粒径の砂があることです。そこで天然の砂のほかに、サイズを揃えやすい人工砂でも定着してくれるのか、どんな人工砂なら良いのか、室内の水槽や浅瀬のコンテナに砂を入れて実験しました。

── 人工砂はどんなものを使用したのですか?

粕谷

長崎県による環境保全の取り組みのひとつである「長崎県リサイクル製品等認定制度」の認定品の中に、さまざまな素材を使った人工の再生砂がありました。それらを参考にしながら、陶磁器や廃ガラス、コンクリート、牡蠣の殻など粒径を揃えやすい素材を候補にしています。

コンクリートは匂いとアルカリ性が強すぎたり、牡蠣殻は崩れやすいなどの問題があったりして、最終的には粒径を揃えやすく環境にも優しいガラスが残りました。

そして1年かけてコンテナの砂を調べたところ、人工砂でも天然砂と同じようにアサリの赤ちゃんは自然着底して成長してくれることが分かりました。このような基礎研究を経て学術的にある程度裏付けができたので行政へとバトンタッチして、浅場の砂浜造成事業を行うことになったのです。

安全面と認知度アップ、ふたつの課題を解決した廃ガラス

前田さん写真
イベントの後日、取材に応じてくださった前田さん

── 行政にバトンタッチ後は、どのように進んでいったのでしょうか。

前田

人工砂にアサリが着床することまでは分かりましたが、これで健康な海の循環が戻ってくるかはまだわかりません。そこで、人工的な浅場を造成して生物の生息域を拡大することで、その有効性を実証するための事業として本格的に始動しました。

粕谷

まず進めていく上で、大事なのは場所でした。こちらでつくる場所を指定するのではなく沿岸の市町から公募した後、有識者による評価会議で学術的な評価をしながら2014年に場所を決めました。このときの募集要項には親水性の確保、要するに浅場を遊び場として活用できる場所にするための条件を盛り込んでいます。

── どうして遊び場として活用することが重要だったのでしょうか。

粕谷

健全なサイクルをまわして海の環境を修復していくためには、私たちが海から栄養を取り出さなくてはいけません。そのためには住民が主体となってアサリを中心に大村湾でとれたものを食べていく必要があります。そこで、募集要項にはアサリを漁獲するために潮干狩りができる程度の深さであることを盛り込みました。

── 大村湾で遊んでもらいながら、自分たちでアサリを漁獲して食べる。そうすることでさらに大村湾に親しみを持ってもらうサイクルがつくられるんですね。

粕谷

はい、ガラスの砂浜をつくるのと同じくらい、大村湾に親しんでもらいながら地産地消を促進することは大切でした。その他にも交通機関や駐車場を有すること、地元漁業住民の協力と理解が担保できること、環境教育の場として活用が見込めることなどが盛り込まれています。

── 募集要項には、環境教育についてまで盛り込まれているんですね。

粕谷

地産地消や栄養の循環を通した海の保全活動を啓発するために、環境教育は必須だと考えていました。これまで、5回ほど子ども向けの環境教育イベントを実施しています。

── イベントではどんなことが体験できるのでしょうか?

粕谷

どういう生き物がいるのか海でサンプリングをしたり、大村湾で採れたものを使って調理実習を行ったりしました。イベントを通して、地域のものを美味しく食べることに意識が向いていってくれたらと思っています。

イベント写真

── 実際にガラスの砂浜をつくるにあたって、大変だった事はありますか?

前田

行政面からの課題は、大きくふたつありました。ひとつが廃ガラスを敷くことになるので、安全面への懸念です。県が認定していた再生砂は、ガラスを細かく砕いた後に角を取り丸めることで、砂でケガをしないように配慮しています。本事業では安全性をより高めるために、検査を数回実施して念入りに確認を行いました。

(※砂浜のガラスは、まれに鋭いものも混ざっているため、素足での立ち入りは危険です。見学の際はご注意ください)

── 安全な砂浜を作るために、念には念を入れて確認をしているんですね。

前田

もうひとつの課題は、市民のみなさまが砂浜で遊ぶようになったり、大村湾自体に親しみを持ってもらったりするための住民の認知拡大です。親水性の確保は、公募の条件にするほどこの事業にとって大切なものでした。当初は地域住民のみなさまにどう周知をしようか悩んでいて、環境教育のイベントをしながら少しずつ浸透させていかなければと考えていました。

ですが、インスタグラムを中心としたSNSで映えスポットとして2018年頃から拡散し、多くの方に来ていただく中で住民のみなさまにも知っていただくことができました。

粕谷

最初は人工の砂浜という新しいものをどうやったら受け入れていただけるかを心配していました。そしたら突然、テレビ取材などが舞い込んできて。そこではじめて「SNSで非常に評判になっている」と教えていただいて驚きました。

── では、最初から観光スポットにすることを目的としていたわけではなく......?

粕谷

はい、こんなにいろいろなところから観光目的で来ていただくことは、まったく考えていませんでした(笑)。あっという間に、全国的にも広まって「どうやって受け入れてもらおうか」という悩みは一気に解決してしまいました。

── 観光客の方が来るようになって、市民のみなさんの反応はどうでしたか?

粕谷

調査で現場に入っていると「せっかく観光の人が来てくれるので綺麗にしなきゃ」と、ボランティアで掃除してくれている方を見かけます。こうやって注目されたことで、自分たちの里海のような存在になりつつあるのではないでしょうか。今では水質は改善傾向が見られます。

大村湾の自然が、より近い存在となるように

ガラスの砂浜写真

── ガラスの砂浜というのは、大村湾を守るための研究や資源のリサイクルを推進する制度など、長崎県の環境へのさまざまな取り組みが繋がってできていることがわかりました!

前田

ええ、そうなんです。長崎県は2000年に「長崎県環境基本計画」を策定し、環境保全に関する施策を推進してきた背景があります。今年3月に策定した「第4次長崎県環境基本計画」では3つの柱「脱炭素社会づくり」「人と自然が共生する地域づくり」「循環型社会づくり」と、その基盤となる 「安全・安心で快適な環境の確保」を軸として様々な取り組みを行っています。ここに、大村湾の閉鎖性水域の環境保全や環境教育、廃棄物のリサイクルについても盛り込まれています。

── 20年前から環境に対してしっかり取り組みを行っているんですね。

前田

「第4次長崎県環境基本計画」ではSDGsの普及など社会経済情勢の変化を踏まえ、各施策に関係するSDGsのゴールを設定し、行政の施策がどのようにSDGsと関係するのかも示しています。

第4次長崎県環境基本計画
「第4次長崎県環境基本計画」では、施策ごとにSDGsのゴールをわかりやすく表記している

── 施策ごとにSDGsゴールを設定して公開までされているのですね! とてもわかりやすいです。

前田

最近はメディアなどでSDGsの話題があがることも多く、環境保全や持続的な発展社会づくりに興味を持たれる方も増えてきた印象です。話題になっているからこそ、県民のみなさまに興味を持って私たちの暮らす場所や、環境づくりに協力していただけるような場をつくっていけたらと思います。

── おふたりがこの先、大村湾を通して取り組んでいきたいことを教えてください。

粕谷

もっと海が近くにある暮らしの価値を伝えていきたいです。私は東京都出身で、子どもの頃は神奈川まで3時間くらいかけて海に連れていってもらっていました。ですが、このあたりの人は歩いて釣りに行けるような場所に海があるのに、あまり海で遊びません。

── せっかく海が近いのに、どうして遊ばないんでしょうか?

粕谷

大村湾沿岸は、海岸線に降りられる場所が少ないんです。海に近づける場所が少なかったり、降りたくても堤防があったりして、子どもが遊ぶのは難しい。 さらに、大村湾についてニュースで取り上げていたときに、住民の方の中には「大村湾のものって食べても大丈夫なんですか」とコメントされる方もいて......。もったいなさすぎると思いました。

海

── 九州は海も綺麗だし、お魚もおいしい印象がありますが......。

前田

もちろん大村湾のお魚も美味しいです。個人的な見解ですが、長崎は島も多くて外の海には透明度の高い海が広がっているので、そちらに遊びに行く方も多いかと思います。なので、それと閉鎖性の高い大村湾を比べてしまう人もいるのではないでしょうか。

── せっかく近くに海があるのに、今まではその魅力を知る機会も少なかったんですね。

粕谷

もっとみんなに大村湾に興味を持って好きになってもらいたいと思っています。なので、安全に遊べるような場所を増やしたいし、大村湾には美味しいものもたくさんあることを広めていきたいです。

前田

ガラスの砂浜はSNSで広まったこともあり、住民のみなさんにとっては観光スポットとしての印象が強いと思います。水質がよくなってきたからこそ、これからはガラスの砂浜の本来の目的を多くの人に知っていただきたいです。ガラスの砂浜を通して人々の交流や自然とのふれあいが増えたり、大村湾がみなさんの生活にとってより身近なものになるように努力していければと思います。

前田さん

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