災害を防ぐ森づくりから「木製プラスチック」の開発まで。世界有数の''森林国''を守り続けてきた林野庁の取り組み
毎年のように発生する豪雨や土砂災害、そして記録的な猛暑。環境問題についてそれほど深く考えたことがない方でも、異常気象のニュースを見るたびに、自然の脅威を肌で感じることがあるかもしれません。
実は、こうした災害から私たちの暮らしを守る"縁の下の力持ち"こそ、日本の山々だということをご存じでしょうか? 森林は防災や地球温暖化対策に欠かせない重要なインフラでありながら、林業の担い手の高齢化や人手不足など、深刻な課題に直面しています。
これらの課題を克服し、豊かな森林資源を活かすため、林野庁は今新たな挑戦を進めています。
今回お話をうかがったのは、林野庁森林利用課課長の増山寿政さん(写真右)と、林野庁木材産業課課長補佐の保坂太郎さん(写真左)。
生活に身近なトピックと森林の関係や、日本の森林を守るべく奮闘してきた林野庁の取り組みの歴史、最新技術までを詳しく聞きました。
戦後の植林から約50年。「使える」木は多いが、課題も
── まず、日本の森林の特徴を教えてください。
増山
日本は世界有数の"森林国"と言われていて、日本の国土の約7割が森林です。国土に対する森林の面積を示す「森林率」は、国連食糧農業機関(FAO)の「世界森林資源評価2025」によれば、OECD加盟国の中ではフィンランド、スウェーデンに次いで3位とも言われています。
このうち4割が、人によって植林された「人工林」で構成されています。広さにして約1,000万ヘクタール、韓国の国土面積と同規模くらいです。
── すごい広さですね。 でも、どうしてそんなに人工林が多いのでしょうか?
増山
人工林の多くは、1950〜70年代の戦後の復興期から高度経済成長期の頃に植えられたものです。焼け野原になった国土の復興から、戦後の高度成長の過程で住宅を建てる人が増え、木材の需要が急増したため、先人たちが一生懸命植林してきました。
樹種にもよりますが、木の中でも成長が早いスギは植えてから50年ほどで利用に最適になると言われています。つまり、今はどんどん木を利用して、新たな木を植え、次世代の森林を育成するタイミングに差し掛かっていると、林野庁としては捉えています。
50年を超える成熟した森林が増えることで、森林が炭素の貯蔵庫となるので、気候変動の緩和に大きく貢献しているのですが、二酸化炭素の吸収量は下がっていきます。
── 「使える」木が、そんなに日本の山にあったとは。ちょっと意外でした。
増山
ただ、課題も少なくありません。木を使おうとしても、林業現場での「人手不足」や「高齢化」は大きな課題です。木は非常に重く、伐ること自体に労力がかかりますし、それを運んで外に出すのも大変な作業です。伐った木を山から運び出すために、重機が入れる道を作るなどのインフラの整備も必要になります。
保坂
そのほかにも木材をたくさん使う住宅の着工数が将来的に減少する見通しとなっており、「住宅以外でも、木の新たな需要を生み出していく」ことも大事だと思っています。
中高層ビルや車のボディにも。これからの木を使う先
── 「使う」部分でいうと、今、国内の木材はどのような状況なんでしょう?
増山
林野庁が発表した「令和6(2024)年木材需給表」によれば、令和6(2024)年の木材自給率は42.5%と、4割を超えています。
平成14(2002)年には18.8%まで落ち込み、8割以上を輸入材に頼っている状況でしたが、それ以降は「国産材をちゃんと使っていきましょう」という政策上の後押しもあり、ここまで回復してきました。
── 2割以下の自給率から、4割強まで。この約20年で、そんな変化が起きていたんですね。
増山
具体的には輸入材にコスト面で対抗できるように製材工場の規模を大きくしたり、建築物などにおける国産材の需要を増やしたりと、需要と供給の両面から地道な取り組みを行ってきました。
── コロナ禍の2020年頃にはアメリカで住宅需要が高まって、輸入材の価格が一気に上がった「ウッドショック」も起きましたよね。そのことも、国産材の需要に関係しているんでしょうか?
保坂
ウッドショックにより輸入材が手に入りにくくなったことで、輸入材に頼りすぎないようにしようと考える企業は増えたと思います。大手の住宅メーカーさんでも、輸入材に限定せず、国産材も使えるよう切り替えた企業もありました。
ただ、国産材の使用率が高まってきた一番の理由は、やはり木を植えてから加工するまでの体制を地道に整備してきたことだと思います。
── 木を使う需要として真っ先に思い浮かぶのは住宅や家具ですが、他にも林野庁として注目している需要はありますか?
https://sdgs.yahoo.co.jp/featured/711.html
保坂
最近では木造のビルも増えており、10階建て以上の中高層ビルにも木材が使われるようなケースが出てきています。
これまではビルや店舗などの大型建築に求められる耐火性の基準を満たすのが難しかったり、一般的に住宅に使われる木材とは別の寸法のものを使うことでコストが高かったりしたのですが、そうした課題をクリアする技術も生まれてきました。林野庁もそうした技術に対するサポートを行っています。
増山
また、建築以外にも新たな用途開発を行っています。たとえば、木に含まれる「リグニン」という物質を化学処理しながら取り出すと「改質リグニン」という物質ができます。これは、石油ではなく、植物由来の原料で作られるプラスチック素材です。
耐熱性や加工性が高く、特に、車のボディや電子機器など、高い機能が求められるプラスチックの原料として利用できる可能性があることが実証されています。
── そんな新素材まで! これまで木の用途が家具や住宅に限られていたのは、やはり技術やコスト面でのハードルが大きかったんですね。
保坂
ビルや店舗に関して言えば、木で作れることを知らない方が多いことも、木が使われてこなかった理由の一つだと思います。大型の建築では、住宅と違って柱の少ない広い空間が求められるため、使用する木材や設計を変えなければいけないなど、住宅とは別の技術が必要になります。工務店に勤めていても知らないというケースはまだまだ珍しくないんです。
ですから店舗やビルを建築する依頼主の方はもちろん、技術者の方にも具体的な事例を見ていただく機会を設け、木で作れるということを知ってもらうことが大切だと考えています。そうして木を様々な建物に使っていただくことで、森林が吸収した二酸化炭素を、街の中で炭素として長期にわたって貯蔵することもできます。
増山
新素材に関して言えば、リグニンはどの樹種にも含まれますが、構造の多様性や抽出の難しさから工業利用に向かないと思われていたところ、リグニンの構造が比較的均一なスギを原料とすることで、改質リグニンの開発につながりました。樹種や成分ごとの特性を活かすことで、まだ見ぬ素材が生まれるかもしれません。
「災害」や「地球温暖化」を食い止める"縁の下の力持ち"
── 最近は異常気象や土砂崩れが多発していて、森林の「防災」の役割にも注目が集まっていますよね。
増山
内閣府が令和5年に行った「森林と生活に関する世論調査」では、「森林にどういう役割を期待しますか」という質問に対して、「山崩れや洪水などの災害を防止する働き」と答えた人が63.2%にも上りました。
実際に、山の木々が根を張って雨水などを吸収したり、土壌をつなぎとめたりすることによって、洪水や土砂崩れを防いでくれています。ただし、戦後の"ハゲ山"が多かった時代は、台風が1度来ただけで、非常に大きな災害が起きるような状況だったと言われています。
最近の雨の降り方は、これまでの歴史にはなかったものですので、近年も大雨や洪水による被害に見舞われた方はたくさんいらっしゃいますが、戦後の復興期、拡大造林を経て、森林資源が成熟したことにより、森林の防災機能やレジリエンスは高まったと評価されています。
── 異常気象の大きな原因の一つは「地球温暖化」だと言われていますよね。地球温暖化や、その原因になる温室効果ガス排出の実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」について、林野庁として力を入れ始めたのはいつ頃からなのでしょうか?
増山
具体的に日本に温室効果ガスの排出量を削減する義務が発生したのは、「京都議定書」の第1約束期間が始まった2008年からです。このときは1990年の温室効果ガス排出量に対して6%削減することが求められており、その6%のうち、3.8%を森林による吸収で補うことになっていました。
森林の吸収量確保のためには、再造林や間伐などの適切な森林施業が必要です。林野庁では、定期的に間伐を行う、成長に優れたエリートツリーを植えるなどの「森林吸収源対策」を積極的に行ってきました。
── 温室効果ガスの削減対策として、森林はかなり頼りにされていたんですね。
増山
そうなんです。2015年に採択された「パリ協定」以降、日本は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることが大きな目標になり、化石燃料の消費をいかに減らすかも争点となっていますが、森林が吸収する役割も変わらずあります。
現在の政府の方針の中でも、2040年度までに、2013年の排出量に対して73%の温室効果ガスを減らすという目標があり、そのうち5.1%は森林の吸収によって賄うことになっています。
ですので、林野庁としてはこれまで以上に再造林に力を入れつつ、皆さんにも木材製品をしっかりと長く使い続けていただくことが大切になります。
── 木材製品を長く使い続けることも、地球温暖化防止につながるんですか?
増山
なかなかピンとこないところもありますよね。木材は、森林が光合成により大気中から二酸化炭素を吸収し、それを炭素の形で蓄え続けてくれるんです。
また、建物に使用する鉄やコンクリートは製造過程で多くの二酸化炭素を排出するため、木材を使った建物へ切り替えることは、排出を減らすことにもつながります。建材の選択肢の一つとして木材を選んでいただけるよう、私たちも積極的に木材製品の魅力を伝えていきたいと考えています。
「スマート林業」や「森業(もりぎょう)」。森の課題を解決し、新たな価値を見出す
── 先ほど、「人手不足」などの林業の課題についても教えていただきましたが、林野庁として行っている具体的な取り組みについても教えていただけますか?
増山
担い手を確保するためのプログラムを行っています。同時に、日本の人口自体が減っていく中で、最小限の人数で林業を行う方法も模索しています。
その一つが「スマート林業(スマ林)」です。たとえば、どんな木がどこにどのくらい生えているかを知るための「森林資源把握調査」にも、ドローンで撮影した写真をAIで分析する技術が導入され始めています。
また、林道を作る際の設計図作成を自動化したり、苗木などの比較的軽いものをドローンで運んだり、さらには、林業機械の技術開発も進んでいます。最近では、従来のチェーンソーに替わり、遠隔操作で安全に伐倒作業ができる機械が実用化され、森林内の林業用の道を自動走行する丸太運搬機械は実証実験に成功しています。そうした技術を組み合わせて人手不足を補っていきたいと考えています。
── 日本は"森林国"でありながら、日常的に森林に触れる人は少ないですよね。林業に関わる人だけでなく、私たち一人ひとりが森を"自分事"として考えるようになるために、林野庁として行っている取り組みはあるのでしょうか?
増山
実は「森業(もりぎょう)」という概念を導入しようと考えています。
── 森業、ですか?
増山
これまで林業の取り組みについてお話させていただきましたが、国民の森林との関わりは木材製品に限らないですよね。たとえば、森林の癒し効果を求めて森林浴をしたり、山の中にサイクリングコースを整備して、マウンテンバイクを楽しむ人に来てもらったり。こうした取り組みが実は広がってきているんですよ。
また、企業研修の場として森林が利用されるケースもあります。森林の中で研修プログラムを行うことによって離職率低下やメンタルヘルスの向上、チームビルディングにつながるのではないかと、非常に注目されているんですね。
増山
そうしたさまざまなかたちでの森林活用を施策としても位置づけようとしており、それを「森業」と称して、ちょうどプロモーションし始めているところでございまして。
── 木を切って売るのが「林業」だとしたら、「森業」は森林という資源を広く捉え、関わる人を増やしていく取り組みというか。
増山
そうですね。森林総合研究所が東京23区に住む方を対象に行った調査でも、回答者の約半数が森林に関心を持っていても、過去1年間に実際に森林に足を運んだ人は3人に1人という結果が出ていました。
ただ、同時に幼少期に自然に親しんでいた人や日常や旅先できれいな景色に触れている人は森林への関心と訪れる回数が多いこともわかっています。林業の担い手はもちろんなのですが、今後は観光やアクティビティを含めて、森林に関わる人を増やしていくことも柔軟な発想で取り組んでいきたいと考えています。
「木を植える時代」から「木を積極的に使う時代」へ。林野庁の取り組みからは、日本の森林が、単なる資源ではなく、私たちの生活や防災、そしてカーボンニュートラル社会を実現するための重要なインフラであることが伝わってきます。
スギの木材を選ぶこと、木造の高層ビルを利用すること、そして森林に足を運び「森業」の一端を担うこと。私たち一人ひとりの小さな行動が、50年後に成果を結ぶ日本の森林の未来を形づくっていきます。
NatureBank -ソフトバンクの森づくりの仕組み
ご存じですか? 日本の森林の約80%が高齢化し(※)CO2の吸収量が下がっていることを。ソフトバンクの「NatureBank」は、簡単にできる森づくりの仕組み。あなたのアクションで環境に貢献できます。
※出典:林野庁統計情報
参加方法は、いつもの暮らしの中で、「エコな商品を利用する」「電車や自転車で移動する」「大切な資源を再利用する」「エコな活動を知る」など、対象のエコなアクションに参加するだけ。
あなたのエコなアクションで抑制したCO2の量に応じて、ソフトバンクが相当分のCO2を吸収する木を植樹支援します。
NatureBank特設サイト
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編集友光だんご(Huuuu)
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取材・執筆佐々木ののか
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取材久保直樹


