結果としてのSDGs。「えんがお」が取り組む持続可能な福祉
栃木県、大田原市。街の中心部の一角に「みんなの家」という場所がある。「えんがお」というNPOが運営している場所で、真ん中の大きなテーブルの周りにいるのは、小さな子どもや大学生、高齢者などさまざま。コーヒーを飲んで話したり、ギターを弾いたり、ゲームをしたり......。いろんな人が、好きなように過ごしている。
SDGsの17の目標の根底には、「誰も置き去りにしない」という指針がある。あれ、もしかしてこの空間って「誰も置き去りにしない」場所なのでは?
ひょっとすると「えんがお」の活動から、SDGsのあり方を再考することができるかもしれない。ということで、「えんがお」代表を務める濱野将行さんに、運営する施設を案内してもらいながら、活動の内容や経緯についてお話を伺った。
「えんがお」の施設を訪れる
大田原市には「えんがお」が運営する8つの施設がある。
今回は、代表の濱野さんに加えて、「えんがお」が運営するフリースクールに通う小学5年生のもときくんも案内をしてくれる。
「えんがお」ではサービスを受ける人が、同時にサービスを提供することもしばしばだ。もときくんは、「えんがお」のさまざまな施設について、流暢に説明をしてくれる。行く先々で、おばあちゃんたちや中高生から声をかけられる。「えんがお」の暖かい雰囲気が伝わってくる。
複数ある施設の核となっているのは、「コミュニティハウス みんなの家」。
この1階が地域サロンになっていて、地域のさまざまな人がふらりとやってくる。
大田原市の空き家を改修して、地域の人が集まれる場所にしたという。取材しているときも、いろんな人がひっきりなしに出たり入ったり。放課後の部室のような、どこかごちゃっとした空間。不思議な居心地の良さがある。
「みんなの家」の2階は自習スペース。
大学生以上は二百円、高校生までだったら百円を払えば1日利用できる。スタバ代わりに使う中高生や大学生も多いらしい。
「みんなの家」に集まってくるのは、「えんがお」が運営する他の施設に関わる人も多い。
例えば、この場所は障がいのある方向けのグループホーム。これは男性棟で、大きな空き家を無料で譲り受けたそう。「えんがお」の施設のほとんどは空き家を活用したもので、地域の空き家をこのような福祉施設に変えている。
こちらは学童保育の「えんがお児童クラブ」。他の施設より少しスタイリッシュな佇まいなのは、保護者が安心して子どもを預けられるようにするため。
なんとここ、玄関の横に足湯がある。足を寄せ合いながら、学童保育の子どもと地域サロンにいる高齢者が交流することもあるらしい。
学童保育の子どもたちは、近くにあるこの空き地で遊ぶことができる。元気な子どもたちの声が響く。代表の濱野さんも、子どもたちのサッカーに加わる。
この空き地で遊んでいるのは、学童保育の子どもたちだけではない。「えんがお」が運営するフリースクールの子どもも来る。昼間は違う学校で学んでいる子どもたちが、放課後は同じ空き地で遊ぶのだ。このごちゃまぜ感が面白い。
「徒歩2分圏内」のチカラ
これらの他にも地域食堂やシェアハウスなど、さまざまな種類があり、その施設すべては「徒歩2分圏内」にある。どうして、「徒歩2分圏内」にしたのだろうか。これについて「えんがお」代表の濱野さんはこう語る。
「高齢者や障がいのある人でも、それぞれの施設を行き来できる距離だからです。それぞれの施設が近いことで、いろんな人がごちゃ混ぜになって交流できるんです。学童保育の子と障がいのある人と大学生が一緒にYouTubeを見て、その横におばあちゃんがいるーー。そんな光景が生まれるんです」
いろんな人をごちゃ混ぜにすること。これは、「えんがお」が活動のはじめから意識していることだ。
元々「えんがお」は、地域で孤立している高齢者が多いことと、地元のために何かしたいと思う大学生とをつなげる活動から始まったと濱野さんは言う。理学療法士として働くかたわら、濱野さんは大学生たちを連れて高齢者の家を訪ね、生活の手伝いなどをした。徐々にその取り組みが大きくなり、現在に至っている。地域の人をどのように交流させるのか、という想いが「えんがお」の活動を作る。
ニーズが自然と活動を広げる
8つの施設は、「えんがお」が始まってから現在までの7年で徐々に増えていったという。それらはどのように増えていったのだろうか。
「いつの間にか増えたな、と感じています(笑)。施設を作るときに重要視しているのは『ニーズがあるかどうか』です。最初は『みんなの家』だけのつもりだったんですが、その後に『みんなで食べる場所が欲しい』というニーズができて、そのタイミングで目の前にあった食堂が空いて、家賃も手頃だったので、そこを地域食堂として活用することになりました。
その後に学生さんがたくさん来るようになって、彼らの宿泊場所が欲しいということで、また別の空き家を見つけて宿泊スペースを作りました。ニーズがあって、それに合わせる形で自然と施設はできてきました。僕たちの取り組みは徹底して『ニーズ先行』ですね」
「えんがお」の活動は「必要があるからそれに応える」という形で行われている。理想を追い求めているというより、もっと自然体な活動なのだ。自然体だからこそ、その活動は続いていく。濱野さん自体は「SDGs」を気にして活動をしているわけではないというが、そこには確かに「持続可能性」が生まれている。
行動指針は「自分たちが楽しいかどうか」
しかし、えんがおの活動が大きくなって関わる人が増えてくると、必然的にニーズの数も多くなってくる。そのとき、応えるニーズはどのように選ぶのだろう。
「僕たちの行動指針の一つは『自分たちが楽しんでできるか?』ということです。地域にニーズがあるけれど、まだそれを自分たちが楽しんでできる自信はないので、まだ『えんがお』が手を広げていない取り組みもあります。やはり、自分たちが楽しんで活動をしないと、人は集まらないんですよね。
自分たちの心を削ってまで支援を行っていると、それは団体スタッフにとってはマイナスで、いくら支援されている人がプラスでも、全体の幸福の総量はプラマイゼロになってしまうように思うんですね。
僕個人は、『えんがお』の活動を続けていく中で、大変さを感じることはあまりありません。やはり、顔が見える人のニーズに答えつつ、自分も楽しいと思えることをやっているので。『あのおばあちゃんが求めているから地域食堂をやろう』という風に活動は始まります。だから、そのおばあちゃんの予定に合わせて地域食堂をやる曜日が決まったりするわけです(笑)」
「自分が楽しめているか」。この視点は重要だ。楽しめているからこそ、活動の持続性も生まれて、継続的な支援が可能になる。「楽しさ」にこだわることが「持続可能性」を生み出している。
地域の人とのちょうどいい関係性とは
もちろん、活動の中では、楽しいことだけがあるわけではない。
「活動をしていく中では、トラブルが9割です(笑)。例えば、空き家を活用していくときには大家さんとのコミュニケーションが必要になるんですが、そこでも多くの失敗がありました。そのとき気づいたのは、空き家の貸し借りについて1対1でやりとりをしてしまうと後で苦労する、ということです。ちゃんと不動産業者を介してやり取りをする方がいい。空き家に関する活動はトラブルと隣り合わせなので、それとうまく付き合っていくしかないですね」
「えんがお」を始めるときも、苦労は絶えなかったと濱野さんは言う。
「栃木の大田原は伝統的な城下町で、街としては排他的な面もあります。だから最初は苦労しました。今でも、ぼくたちの活動を認めてくれていない人たちもいると思います。
ただ、僕たちが意識しているのは『積極的反対を作らないこと』。自分たちについても、大田原において『味方ではあるが身内ではない』という言い方をしています。完全に地域に認められるのはそれはそれで良くない気がしていて、完全に地域に入り込んでしまうと、外部の人間が入る意味が無くなってしまうと思うんです」
「適度な距離感を持っているからこそ、地域の人々が気付くことのなかった、その場所の良さに気付くことができると思うんです。例えば、大田原であれば、いい空き家がたくさんありました。でも、地元の人はその空き家にあまり価値を感じていなかった。外部から来た僕たちだからこそ、大田原の空き家に魅力を感じて、さまざまな場作りができている」
支援する人と支援される人を分けないこと
「みんなの家」もまた、元々は20年使われていなかった酒屋の空き家を改修したものだ。
「ここは、人の出入りがしやすい物件で、改修もほとんど手をかけずに使えています。手を加えていないのはもちろんコストの問題もありますが、手を加えすぎると、来る人が『お客さん』みたいになってしまって良くないんです。
補助金が下りたからといってきれいな建築だけ作って、ほとんど人が来ていないような場所も、他の地域で見かけることがあります。ある程度の『ダサさ』や『乱雑さ』がないと、本当に居心地のいい場所は作れないのでは、と思っています」
「来た人を『お客さんにしない』ということと同じですが、『えんがお』では、『支援する人』と『支援される人』をあえて分けないように意識しています。
例えば、地域サロンにやってくるおばあちゃんは、足腰が弱くて支援が必要だけど、料理は得意だったりする。であれば、そのおばあちゃんには地域食堂で料理を作ってもらう。あるいは、勉強スペースで勉強する中高生に学童保育の子どもたちと遊ぶのを手伝ってもらう。『えんがお』という場所に集まってきた人が持っている特徴を活かして、それぞれができることを出し合い、協力しながら場を作っています」
結果としてのSDGs
濱野さんは、こうしたあり方こそがまさにSDGs的な事業のあり方ではないかという。
「少子高齢化が進んでいるいま、『支援する』という考え方だけでは厳しいんです。絶対に支援をする人手が足りなくなりますから。でも、支援される人が、時にはだれかを支援することもできるはず。そのようにみんながお互いに支え合えば、そこには持続可能性が生まれると思います。それがこれからの時代のヒントで、ごちゃ混ぜの空間で、お互いがお互いを支えることが大事だと思います。
あるおばあちゃんに料理や掃除などをしてもらって、その人にお給料を出しているんです。その給料を何に使うかといったら、地域サロンにくる子どもにお菓子を買ったり、僕にビールを買ったりしてくれるんですよ(笑)その結果、ぼくはビールを飲んで頑張って仕事ができて、またおばあちゃんに給料を渡すことができる。これが本当のSDGsじゃないかと、半分本気で思ってます(笑)。
僕らは空き家でできること、あるいは高齢者や子ども、障がいのある方たちのできることを割り出して社会の資源にすることで、結果的にローコストで無理なく色々な支援ができるから、そこに持続可能性が生まれる。必要なことを無理なくやっていった結果、それがたまたまSDGs的になるんじゃないでしょうか」
SDGsという言葉が叫ばれて久しい。耳触りがいい言葉だけに、中身を伴わない"SDGs的"な試みも増える中、「えんがお」は地域の人のニーズを少しずつ、そして現実的にかなえる形で、まさに持続可能な形で「誰も取り残さない」地域づくりを行っている。そこには「結果としてのSDGs」の姿がある。
濱野さんは大田原市で行っている「えんがお」のノウハウを生かして、他の地域団体に伝えていく活動も展開していきたいという。それぞれの地域で、次なる「えんがお」は生まれるのか。この取り組みが少しずつ広がっていけば、本当の意味でのSDGsが日本中に広がるのかもしれない。
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取材・執筆 谷頭和希
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取材・撮影・編集 友光だんご(Huuuu)
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